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続けられる者だけがマンネリに陥る

今日は成人の日、新成人の皆さんおめでとうございます。

成人の日とは関係ないが、450日くらい続いていたnote毎日更新を昨日やめてしまった。
年末から、予定されていたイベントだとか、想定外の出来事だとか、たんに正月でダラダラしてしまったとかで、ルーチンのタスクがこなしにくくなっていた。

というわけで建て直しを図るべく、とりあえずnoteの更新をしなかった。どうせどこかで途切れるものだから、いったん終わりにした。
また昨日は、ここ数年ほぼ毎日やっているAnkiもさぼった。Ankiは毎日400枚近くやっているので3日さぼると大変なことになるのだが、2日までなら挽回できる。

まあチートデイって感じでゆっくりしたのだ。

そもそもルーチンというのはやり込んでいくとマンネリ化していく。同じことをこなしていると当初ほど効果が上がらなくなる。習慣化にはつきものだ。適宜タスクを入れ替えてリフレッシュするのだが、それもなんとなく限界を感じていた。

じゃあこれからどのようにルーチンを再構築していくか。

10年ほど前にどうにも希死念慮が強かったときに、Bucket listを作ったのだが、いま見てみるといくらかは達成されている。しかし多くはどうでも良くなっていた。

どうでも良くなったのは即時的快楽だったり受動的消費だったりがほとんだ。そういうことは若いうちに経験しておかないといけなかったのかもしれないし、そもそもやる必要のないことだったのかもしれない。

じゃあ残りの人生でなにをやりたいかっていうと、世の中にはまだまだ理解できていないことがあるってことだ。そのうちのいくつかを理解してから死にたいと思う。それらは歴史とか宗教に関わるものがほとんどだ。

あとは語学だね。英語はもう少し上達したい、そのときにどんな景色が見えるか興味がある。
また前からラテン語を勉強したいと思っているが、延び延びになっている。どうせなら古代の日本語も学びたい。

そうした成果をここでシェアし続けていきたい。こんな世知辛い世の中だけど、学び続けることが豊かに生きる一つの方法だと伝えたい。即時的快楽や受動的消費も悪いものではないけどね。


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はむっち@ケンブリッジ英検
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