【IW100/2024③セコンドピアット】奈良の「発酵の可能性」を体験する3品のイタリア料理
2024年11月の1ヶ月間、全国100店のイタリアンレストランで同時開催される「ITALIAN WEEK 100」(IW100)
開催2回目となる今年の全店舗共通テーマは「発酵の可能性」
リストランテ ボルゴ・コニシの「奈良の発酵の可能性」三品目はメイン料理です。
発酵について調べるうち一冊の本と巡り会いました。
「古代の食を再現する―みえてきた食事と生活習慣病」三舟 隆之、馬場 基 編集(吉川弘文館)
その本に書かれていた木簡のこと、更に平城宮跡出土木簡に書かれていた「須須保利漬け(すすほりづけ)」の再現に心奪われました。
木簡から読み解く古代食の世界へ発酵が導いてくれました。
セコンドピアット「宇陀牧場井上牛のタリアータ 大和のフレーバーを添えて」
発酵は時空を超える
平城宮跡出土木簡から読み解かれる古代の国際色豊かな食文化。
その中から再現した「須須保利漬け」とイタリア料理の親和性が、奈良漬け、大和トウキ、烏梅の3つのフレーバーにより生まれました。
太古の記憶を呼び覚ます、大和のフレーバーをまとった新感覚のタリアータです。
日本ではあまり馴染みがないもののイタリア料理では一般的な食材である栗粉と、日本に古来から存在している大豆粉、ひえ、米粉を使った「須須保利漬け」の再現により、発酵を介することで生まれる現代の食材とイタリア料理の新たな親和性に気付きました。
タリアータとは
タリアータは日本のみならず世界で最も有名なトスカーナ料理の一つです。ミラノで料理修行をしたトスカーナ州ピサ出身のシェフ セルジオ・ロレンツィ (Sergio Lorenzi) 氏が、古くから存在する牛肉料理ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナを再解釈し、1973年に自身の経営するピサのレストランで提供したことが始まりです。
同店は1978年ミシュランの星を獲得、1980年代に入りレシピが広まってピサ地域のほぼ全てのレストランで提供するようになりました。
その後ピサから世界へ日本へと広まったタリアータを、奈良特有のフレーバーと発酵熟成による滋味深さで表現しました。
宇陀牧場井上牛×大和のフレーバー=サンジョベーゼ
かつて大和牛の生産者だった宇陀牧場の井上さんは「大和牛」を明記するための様々な規定を守ることでは実現できない「本当においしいお肉」を作るため大和牛のブランド名を捨てました。
イタリアのワイナリーが本当においしいと思えるワインを造るためDOCGを捨てるのと同じように。
この宇陀牧場の井上源一さんが作る黒毛和牛を通称「宇陀牧場井上牛」と呼んでいます。
炭火でゆっくり焼いて切り分ける、「本当においしいお肉」への探究心の積み重ねにより生まれた牛肉の新鮮さと上質な肉質を味わうために基本的かつ最適な料理法です。
奈良特有の4種のフレーバーが、奈良のテロワールを表すタリアータを作り上げます。
薄くスライスした「自家製 抜き粕漬け パルミジャーノ・レッジャーノ24ヶ月熟成」
細かく削った「烏梅(うばい)」
大和まなで蘇らせた奈良時代の漬物「須須保利漬け」
新鮮な肉の赤身と発酵熟成をつなぐ奈良のハーブ「大和トウキ」
発酵や熟成を経たフレーバーを添えることで肉の表面のメイラード反応による旨みや香りと自然につながりながら、一方でそれぞれの風味の個性が明確に現れることから、トスカーナを代表する赤ワインであるサンジョベーゼを想起させるタリアータが実現しました。
個性あふれる4つのフレーバーの共演
フレーバー①自家製抜き粕漬け パルミジャーノ・レッジャーノ24ヶ月熟成
最もインパクトを与えるフレーバーです。
奈良漬けの老舗今西本店の長期熟成した抜き粕に、パルミジャーノ・レッジャーノを漬け込みました。
※発酵食品の組み合わせであり新たな発酵は起こりません
普通の酒粕では酒の風味が強すぎます。
今西本店の熟成した抜き粕は、漬け込んでいた野菜のエキスと長期熟成によるメイラード反応が起こっているため、アルコールがほどよく抜けています。
気候も環境も原料も全く異なる遠方の地で育った両者は、丁寧な工程による発酵と長期熟成という共通点により何の隔たりもなくすぐに打ち解けました。
そのままのパルミジャーノ・レッジャーノを削りかける通常のタリアータより、抜き粕漬けによって熟成した赤ワインの香りを思わせる複雑なフレーバーをまとったパルミジャーノ・レッジャーノは、ソースのようにお肉と馴染み味わいに奥行きを与えます。
フレーバー②烏梅
烏梅のしっかりと燻された燻製香は肉の表面の炭火の香りを増幅し、真っ黒な外観を裏切る梅の鮮烈で爽やかな酸味は若々しいキャンティの如く食欲をそそります。
ごく少量で一気に料理に生命力を与え華やかに彩る果実のフレーバーです。
フレーバー③須須保利漬け
付け合わせの野菜は、口中をリフレッシュさせつつも料理とトーンを合わせるためピクルスが必要だと感じました。
そこで奈良時代の古代食であり、ぬか漬けの元祖ともいわれる「須須保利漬け」を大和伝統野菜の一つ「大和まな」で再現しました。
須須保利漬けの詳細は出土しておらず学術的根拠はないものの、専門家により様々な材料が推測されています。
中でも栗粉を使うレシピを再現したところ、味わいからシルクロードの西端とされるローマの影響を感じざるを得ませんでした。
栗粉、ひえ、大豆粉、米粉で野菜を漬け込みます。
木簡には「青菜の須須保利漬け」とあったので「大和まな」を漬けました。
古事記に記述のある「菘菜」をルーツとし漬け菜の中でも原種に近い品種といわれている野菜です。
複雑な風味をもつ乳酸発酵は、繊細な大和まなと絶妙な相性を見せ異国情緒漂う味わいに仕上がりました。
赤ワインに溶け込んだマロラクティック発酵によるなめらかさを思わせます。
フレーバー④大和トウキ
五條市益田農園の大和トウキの葉から香りを抽出したオイルは、ハーブのような爽やかで野性的な香りと旨みで、肉の新鮮さと発酵や熟成のフレーバーを軽やかにつなぎます。
サンジョベーゼのすみれのような花の香りがお料理全体を優しく包み込むように。
時空を超えた発酵フレーバー
奈良特有のフレーバーを添えたタリアータは、奈良のテロワールを感じさせながらもイタリアのサンジョベーゼの特徴が揃ったかのような一皿になりました。
須須保利漬けの発酵に端を発し熟成の風味と共に時空を超えた味わいは、滋味深さと未だかつてないフレーバーの組み合わせにより新しささえ感じさせます。
「世界は海でつながっている」と考えられていた古代シルクロード。
須須保利漬けに辿り着いた時、日本らしさを追求し開拓した平安時代以前の他国と交易があった奈良時代は、グローバルだったと改めて感じました。
国際色豊かな奈良時代の日本の食文化だからこそ、現代のイタリア料理との親和性が生まれたのでしょう。
発酵に向き合い気付いた料理人としての可能性
日本の発酵について改めて学び考える中で、日本人でありながらイタリア料理人として日本の食文化の継承に貢献できることは何かを考えさせられました。
日本の伝統や食文化をイタリア料理にのせて世に出すことで、気付かない内になくなりかけている大切な物事にスポットを当て、食体験を通して新たな魅力を蘇らせることができるのではないか。
その体験と共に「ことば」として伝承できるのできるのではないか。
伝統や文化は一旦途切れてしまったとしても、ことばが残れば手繰り寄せることができます。
奈良で唯一古来の製法を守り続ける「純正奈良漬け」
生産者が一軒になってしまった「月ヶ瀬の烏梅」
奈良文化財研究所が木簡から読み解いた「須須保利漬け」
古くから薬用植物の栽培が行われてきた奈良で、改めて日本人の体質に合う伝統ある優良な種苗を維持するための試み「大和トウキ」
歴史学者でも考古学者でもない現代を生きる一人の料理人が、イタリア料理と融合させることで「新たな食体験」と「ことば」として広め伝えていく、人々にとって良いものは伝承され進化しながら残ると信じて、これからもイタリアの食文化、奈良や日本の食文化を深く学び理解し誠実に広めていきたいと思います。
秋の行楽は、ITALIAN WEEK 100 全国100店舗のイタリア料理と共に。
監修 山嵜正樹
文 山嵜愛子
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奈良文化財研究所 平城宮跡資料館
純正奈良漬け 今西本店
月ヶ瀬 梅古庵
五條市 益田農園
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