見出し画像

レティシア書房店長日誌

小川洋子「ミーナの行進」

 「1972年、3月15日、小学校の卒業式の日に山陽新幹線大阪ー岡山間が開通した。翌日、12歳の私は母に見送られ、お祝いの垂れ幕で飾り付けられた岡山駅から、一人で新幹線に乗った。」
 とある事情から母親と別れて暫くの間、兵庫県の芦屋にいる伯母夫婦に預けられることになった朋子の思春期を描いたのが、長編小説「ミーナの行進」(古書900円)です。

「1972年から73年にかけて一年間あまり過ごしたあの芦屋の家を、私は決して忘れることができない。アーチ状の玄関ポーチに差す影の形、山の緑に溶け込むクリーム色の外壁、ベランダの手摺りの葡萄模様、飾り窓のついた日本の塔。そうした家の姿形はもちろん、全部で17あった部屋一つ一つの匂い、光の加減から、ひんやりとしたドアノブの感触にいたるまで、あらゆる風景が心に刻み込まれている。」
 それは朋子だけではなく、私たち読者にもゆっくりと染み込んできて、忘れられないものになっていきます。本作品ほど、最後の最後まで豊かな気分を持たせてくれる小説を、私は知りません。”豊饒”という単語がピタリと当てはまります。
 伯母夫婦の家には、ミーナという朋子の一つ下の少女がいました。初めにとんでもない会話があります。庭の隅で動く塊を見つけた朋子が、ミーナにあれは何?と問いかけます。
「『ああ、あれはポチ子』心なしかミーナの口調が和らいだ。
『カバのポチ子』もう一人、この家には大事な住人がいることを、私は知った。『えっ.......どうしてカバが……..』そう質問するのは当然だと思えたが、ミーナはなぜそんなわかりきったことを聞くのか理解できないという口調で答えた。『うちで飼うてんの』、『カバを?』、『うん、そう』、「ここで?』、『そう』」
 カバはコビトカバという普通のカバよりも小さい種類です。ミーナはさらに言います。「『元々はおじいちゃまがパパの10歳のお誕生日に贈ったプレゼントなんよ』」
 喘息のあるミーナは、ポチ子に乗って小学校に通っています。みんなが”ミーナの行進”と呼びます。はぁ〜〜という展開です。伯母夫婦はものすごくお金持ちのなのです。お金持ちだからといって上から目線では全くなく、はたから見たら贅沢だと言われそうな生活を、誰に自慢するわけでもなく、静かに淡々と続けているのです。岡山の借家暮らしからは天と地がひっくり返ったような生活を送る朋子は、ミーナとゆっくりと友情を深めていきます。この家に住む人たちの描写も、大げさなところなど全くなく、とても穏やかで優しいのです。
 当時、大阪万博は子供達にとって行きたい場所でした。でも朋子は家の事情で行けませんでした。「けれどもはや、太陽の塔などどうでもよくなった。芦屋の家には、アメリカの月の石にも負けない魅力的なものが、たくさん隠されていたからだ。」
 そう、ここは素敵な宝物がいっぱいのお屋敷なのです。歴史を経てきたモノたちが醸しだす豊かな時間を、著者は最後まで途切れることなく描き切りました。今のところ、彼女の長編小説のベスト1ですね。
 こんな素敵なセリフもありました。「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや。」朋子がよく行く芦屋の図書館の司書のお兄さんの言葉です。


●レティシア書房ギャラリー案内
1/10(水)〜1/21(日) 「100年生きられた家」(絵本)
1/24(水)〜2/4(日) 「地下街への招待パネル展」
2/7(水)〜2/18(日) 「まるぞう工房」(陶芸)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?