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レティシア書房店長日誌

前田エマ「動物になる日」
 
 先日ここでご紹介した、本にまつわるエッセイ「本に出会ってしまった」の中で、ハン・ガンの「少年が来る」について書いていた前田エマさんが気になって、彼女の初の小説集「動物になる日」(ミシマ社/新刊2420円)を読みました。二つの小説が収録されていて、タイトルになっている「動物になる日」と「うどん」です。
 

 「動物になる日」は、主人公のきいちゃんが小学校4年の時に出会ったユミちゃんとの交流を描いています。「ユミちゃんは、私の世界の全部だった。ユミちゃんと初めて出会った日、世界がやっとはじまったと思った。」
と始まります。猫の交尾を見た二人。ユミちゃんはこんな提案をします。
 「ねえ。きいちゃん。私たちも交尾してみない?」
「え、だって私たち、女どうしだよ。交尾ってメスとオスがするものじゃないの?」二人は部屋の中で素っ裸になって、お互いの裸体をこすり合わせます。「私の身体に両手をまわしたユミちゃんが、すりすりと上下にゆっくりと動くたび、重なり合った私たちの身体は一緒に揺れる。まるで大海原に浮かぶ小さな船にでもなったようだと思った。」
 やがて二人は中学三年になりました。友情は続いています。きいちゃんは、匂いにこだわりを見せる不思議な中学生です。特に好きなのが父親の匂い。「匂い」を通して日々思う事、中学生活、友人関係、そしてユミちゃんとの交際などが点描されていきます。不思議な感覚が残る小説でした。
 もう一つの「うどん」。これ、最初は著者がアルバイトしているうどん屋の風景を綴ったエッセイかと思っていましたが、小説でした。個人的には、こちらが気に入りました。無骨だけど、優しい店主が仕切るお店でアルバイトする「私」が見た客たちの姿、店主の生き方、いい雰囲気を作るお店の情景が、手短に語られていきます。手話で会話する二人をこんな風に描きます。
 「この日ふたりは、店にいたお客さんの誰よりもたくさんの会話をしていたように思う。私には手話がわからないけれど、そこには匂いが漂っていて、温度があった。ふたりの会話からこぼれ落ちた風景のカケラが、遠くから見つめている私にも伝わってくるような気がした。料理を運ぶためにふたりの近くまでいくと、表情がよく見えた。すると、さっきまでのカケラがひとつの大きな絵になった。もっと繊細な部分まで描写されていくような感じがした。眉の微かな動き、頬の筋肉の収縮が言語である世界。手話は手だけの会話ではない。」
 日々いろんな客が来店する様子の描写が細かいので、きっと著者の実体験と最後まで思っていました。一件のお店の持っている魅力をここまでよく描いたものだと感心してしまいました。主人公は、常連の美容師に髪を切ってもらっているのですが、彼女の無駄のない動き方にいつも感動します。
 「働くことは美しいことだと、彼女や店長を見ていると感じる。それは自分の店を持っているからだとか、そういう理由ではなく、居るべき場所を見つけ、真面目に働き、それがひとつのありふれた風景になっているからだと思う。その姿をずっと見ていたい。 この店は私にとって、居るべき場所なのだろうか。居てもいい場所なのだろうか。多くの人は、人生の半分を働くことに使う。働く人を見て美しいと思える私はすごく幸せ者なのだろう。美しい風景を、毎日のように眺めている。」
 なんて、人を幸せな気持ちにしてくれる文章なのだろう!「働くことは美しい」なんて、そう簡単には書けませんよ。
 蛇足ながら、今年、著者は北海道知床斜里町にある小さなカフェ「ヒミツキチこひつじ」で朗読をされたのだそうです。一昨年知床に旅した時、私もお店の方々と話し込んだ素敵な場所です。いいなぁ、あの店で朗読ですか!聴きたかった!!

年始年末休業のお知らせ:12月29日(日)〜1月7日(火)

レティシア書房ギャラリー案内
11/27(水)〜12/8(日)「ちゃぶ台 in レティシア書房」ミシマ社
12/11(水)〜12/22(日)「草木の色と水の彩」作品展

⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)
「ちゃぶ台13号」(1980円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
モノ・ホーミー「線画集2『植物の部屋』(770円)

モノ・ホーミー「2464Oracle Card」(3300円)
古賀及子「気づいたこと、気づかないままのこと」(1760円)
いしいしんじ「皿をまわす」(1650円)
黒野大基「E is for Elephant」(1650円)
ミシマショウジ「茸の耳、鯨の耳」(1980円)
comic_keema「教養としてのビュッフェ」(1100円)
太田靖久「『犬の看板』から学ぶいぬのしぐさ25選」(660円)
落合加依子・佐藤友理編「ワンルームワンダーランド」(2200円)
秦直也「いっぽうそのころ」(1870円)
折小野和弘「十七回目の世界」(1870円)


 

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