レティシア書房店長日誌
柳田国男&鯨庭「遠野物語」
「柳田国男は、岩手県の遠野から東京に遊学に来ていた佐々木喜善と知り合い、その話を聞いて書きとめた。さらに、東北本線に乗り人力車を乗り継いで遠野を訪ね、馬を借りて村々を駆け巡った。そして、明治43(1910)年に「遠野物語」を発刊した。」
本書は膨大な数の中から数話を選び、「千の夏と夢」や「言葉の獣」等の漫画家、鯨庭がマンガ化しました。鯨庭は、実在動物と空想動物をメインキャラクターにした作品を出していで個人的に好きな作家です。(新刊1320円)
「馬と花冠」(「遠野物語」69話より)が最初に登場します。この話は娘と馬の結婚、人間と人間でないものの婚姻を語る異類婚姻譚です。遠野では、人間と馬が一つ屋根の下で暮らしていたために、この話が定着したようです
「人の娘が恋に落ちた 許されぬ恋であったがふたりはとうとう神様になった 人はふたりをオシラサマと呼んだ ふたりはいまでも養蚕やお知らせの神として信仰されているんだと」という言い伝えの言葉で幕を閉じる、悲しい恋の物語です。
そして「遠野物語」55話〜59話のまとめた「河童の子」。これは、娘が、河童の子を産むというお話です。生まれた子供は山の中に捨てられます。その子が河童に拾い上げられるところでお話は終わります。背景には、貧しい農家では、生まれてきた子を間引くことで人口調整を図る風習が元になっています。やはり、これも異類婚姻譚です。
続いて登場するのは「狐は夢」(「遠野物語」100話より)です。怪我をしていた狐を助けた娘は、その狐と仲良くなっていきます。そして、自分の魂が抜け出して、狐の中に入り込み、狐そのものになってしまいます。それが、夢なの幻想なのかわからない状態になり、悲劇を巻き起こします。人を化かすものとしての狐を象徴的に描く一編です。
最後に登場するのが「遠野物語」36話〜42話をまとめた「おおかみがいた」です。これは見事な動物文学です。宮崎の長編アニメ「もののけ姫」に近いかもしれません。「遠野物語」が発刊されたころ、すでにニホンオオカミは絶滅していましたが、遠野あたりでは御犬と呼ばれ、人里近くに出没し家畜も襲ったと伝えられています。
佐々木喜善が祖父と山に入った時のことです。大きな鹿が倒れて、横腹が破れ湯気が立っていました。祖父は、「これは狼が食ったのだ。この皮が欲しいが、御犬は必ずどこかこの近所に隠れて見ているので、取ることはできない。」と言いました。
人間も狼も対等であり、山のルールを厳守しなければならないことを祖父が孫に教えたのですが、わざわざ口に出して言ったのは、その暗黙のうちに守らなければならないルールが破られてじることへの警告だったということです。街中への熊の出没であたふたしている状況は、この時代にすでに始まっていたのかもしれません。
「遠野物語」を見事に蘇らせた、奥の深いコミックです。