レティシア書房店長日誌
菊地暁編著「書いてみた生活史」
サブタイトルに「学生とつくる民俗学」と書いてあります。「普通の人々」の「普通の暮らし」が現在に至るまで、どのような変遷を重ねてきたかを問う学問です
本書の編者菊地暁先生は、「はじめに」で書いています。
「『もったいない』。本書『書いてみた生活史』刊行の動機はその一言につきる。編者は大阪市立大学(現・大阪公立大学)、京都大学、龍谷大学の三大学で『民俗学』講義を担当してきた。いずれも民俗学専攻のない大学であり、受講生にとって最初で最後になるかもしれない民俗学講義で、そのエッセンスをいかに伝えていくか、毎年試行錯誤を重ねている。そのなかで取り組み始めたのが、生活史レポートである。『受講生の祖父母を話者(語り手)として生活史を聞き書きする』、という課題に取り組ませているのだ。」
三大学、合計500人分のレポートの中から、優れたものをこのままレポートとして終わらせるのが「もったいない」ということで、京都の出版社実生社と組んで出版したのが本書なのです。(新刊2090円)
編者のいう「もったいない」は読めばわかります。事実は小説より奇なり。個人の歴史ってこんなに面白い!ということを十分に認識しました。
第一話「私みたいな者と話していると、あんさん笑われるから離れてくれ」に登場する佐藤至(1934年生まれ)は樺太に生まれ、敗戦後しばらくの間、樺太にやってきたロシア人と暮らし、北海道に引き上げた後、住居がなくてアイヌの伝統的家屋「チセ」に暮らしていた人です。その後国鉄(現JR)に入社、蒸気機関車の運転手から電車の運転まで携わった国鉄マンとしての人生を歩みました。これってそのまま映画になりそうです。この物語を聞き書きをしたのは、孫娘の佐藤珠希さんです。
第五話「店のことが全部終わったら、まず家の中片付けて、旅行に行こうと思ってんねん」は京都のお話です。
伏見稲荷大社の門前にある神具店に生まれた三輪宏枝(1944年生まれ)は、幼少の頃から家業を手伝いながら育ちます。同志社女子中学に合格し、進路は明るいものでした。しかしある日、「家から机と布団以外、全部なくなった」のです。彼女の父親が借金を返せなくなり、家財一切が差し押さえられたのです。その後もドラマばりに事件が起こるのですが、彼女がどんな思いで生きてきたのかを孫の三輪実起さんが丁寧に聞き出しています。
個別バラバラな一人一人の人生の断片の向こうにもう一つの歴史が広がっていきます。
「ライフヒストリーとは、本質的には話者と聞き手=書き手の対話の記録であり、どこまでも両者が出会う『現在』に拘束されたものである。それゆえ、そこに語られる内容の史実性を問われれば、疑問なしとは言い難い事もしばしばだ。とはいえ、それが既存の記録に記されることのなかった『もうひとつの歴史』への糸口であり、その扱い方如何によって、新たな沃野が開けることもまた事実だ。問われているのは、つねに、読者の認識力と構想力である。本書がかけがえのない『出会いの記録』であると同時に、『もうひとつの歴史』を切り開く豊かな『素材集』となることを切に願って止まない。」と、編者はその趣旨を説明しています。NHKのTV 番組「ファミリーヒストリー」なども、若干盛り上げ過ぎですがこれに近いものかもしれません。
蛇足ながら本の奥付を見てびっくり。この本の装丁を手がけたのは、上野かおるさん。2022年に当ギャラリーで展覧会をして頂いたベテランの装丁家です。そして装画は、先月個展を開催したもらったばかりの版画家の槙倫子さん(装画家名/まきみち )でした。
●レティシア書房ギャラリー案内
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮りII」
11/13(水)〜11/24(日)「Lammas Knit展」 草木染め・手紡ぎ
11/27(水)〜12/8(日)「ちゃぶ台 in レティシア書房」ミシマ社
⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)
森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」
いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)
「ちゃぶ台13号」(1980円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「ヴィレッジ・コード ニセコで考えた村づくりコード45」(1980円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
菊池暁編「書いてみた生活史」(2090円)