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レティシア書房店長日誌

安西水丸「陽だまり」(新刊1980円)

 2008年から09年にかけて文芸誌に掲載された安西の”抒情”漫画4本と、村上春樹、柴門ふみ、角田光代、平松洋子ら6人がエッセイを寄せた一冊です。(春樹以外のエッセイは書き下ろしです)

 春樹のエッセイは世田谷文学館友の会報に載ったものですが、二人の微笑ましい交流を読むことができます。
「しかし思えば、水丸さんが僕の家に遊びに来ることほとんどなかった。というのは、うちにはだいたい猫が何匹かいたし、水丸さんは犬と猫が最大の苦手だったからだ。でも一度、彼にうちのふすま絵を描いてもらうことになり、だからどうしても拙宅に来てもらわなくてはならないことになった。するとうちで飼っていたスリムな雌猫が、水丸さんに異様なほど興味を持ち(女性につい興味を持たれるタイプなのかもしれない)、ずっと彼のあとをつけまわしていた。そんなわけで、水丸さんはすり寄ってくる猫に終始怯えながら、震える手で数枚のふすま絵を仕上げることになった。そのふすま絵は僕にとっての大事な思い出の品になっている。」
 安西の漫画は、「青の時代」「東京エレジー」「普通の人」と読んできましたが、哀切な作品が多いなぁというのが第一印象でした。収録されている4作品の中にはかなりきわどいものもありますが、男と女の交わりを柔らかな線で描き出し、それがちょっと異常なシチュエーションでもグロテスクにならないのです。個人的には「陽だまり」という作品がいい感じです。ラスト、青春の終わりの寂しさみたいなものがふわっと画面から感じられます。そのテイストは、春樹の世界に相通じるものがあるように思います。
 本書最後にイラストレーターの信濃八太郎が登場します。映画好きならご存知のWOWOWの映画番組「W座からの招待」で、コメンテーターをされています。
「イラストレーターは決して大金持ちになれるような仕事じゃないけれど、毎日好きな絵を楽しく描いて、今日も良い仕事をしたななんて、時計を見ればまだ夕方時。外に出て映画でも観て、終わったらそこらのお店の暖簾をくぐってパンフレットを眺めながら一杯飲む。その程度のお金がいつもポケットにあるくらいには、頑張れば、なります」
 学生時代に授業で聞いた安西のこの言葉が、信濃は「強烈に胸に響いた。」と書いています。安西が亡くなって9年になりますが、交流のあった人たちが、それぞれに少しずつ彼の一面を語るなんともステキな思い出を寄せ、こういう作品集が出るなんて、人気は衰えずということですね。

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