レティシア書房店長日誌
梨木香歩「ピスタチオ」
梨木香歩の『ピスタチオ』(古書900円)の主人公は、棚というペンネームで雑文を書いている女性で、ウガンダへの数奇な旅を描いていきます。小説の前半では彼女の平凡な日常が語られます。最初に登場する飼い犬マースの、原因不明の病気を巡る話(100ページほど続きます)も、後半の不思議な旅に絡んでいます。
ある日彼女は、編集者から旅雑誌の企画でウガンダへの取材旅行を提案されます。その時、大学時代にナイロビで知り合った民俗学者の片山海里のことを思い出します。彼は呪医の研究をしていたのですが、すでに亡くなっていました。彼の書いた本を読んだ棚は、ウガンダの魅力を探ると同時に、片山と、彼と組んで呪医呪術の研究をしていた鮫島の足跡をたどってみることを決意して、ウガンダへと旅立ちます。
ここから棚はウガンダで思いもよらない不可思議な体験をするという物語へと流れていきます。
「ダバ」というものが登場します。拳ほどの黒い塊で、人間の身体の中に入り込み間断のない尿意を引き起こし、体がだるくなり、気力がなくなっていくと言います。これを人間に入れたり、人間から取り除いたりするのを、当地の呪医がしているのです。棚は「ダバ」をきっかけに呪医、呪術のことを知る旅を続けます。
読んでいるととても気持ちが落ち着くとでもいうか、なんだか乾燥地帯を吹き抜ける風に包まれるような心地よさに満たされました。何かに導かれるように現地におもむき、しかし、その何かに支配されることなく、自らの意志で自分を律する棚がとても魅力的です。
「風に流れる雲が、地上のあらゆる物へと同じように自分の上にも影を落とし、移動していくのがよくわかった。そしてまた次の雲が通過していくのも。その微妙な温度変化や風の質の変化が、草にも土にも自分にも、すべて
『平等に』起こっていることに恍惚となり、このまま溶けてしまいそうだと思った瞬間、自分が何かの一部であることが分かった。自分は、何か、ではなく、何か、の部分なのだと。部分であるからには全体とのバランスの中に生きればいい。」
棚の目を通して、日本とは全く異なるアフリカの景色や不思議な呪術医、そして精霊が存在している世界を見ていくことになります。帰国の途につく棚と、片山の友人三原との会話で物語は”一旦”幕を閉じます。
「 ーねぇ、人って不思議なものね。生きている間は、ほとんど忘れていたのに、死んでから初めて始まる人間関係っていうものがあるのね。
ー海里のこと?
ーまあね、あなただから言うけど、その人が死んでくれて初めて、その人をトータルな「人間」として、全人的にかかわれるような気がする。生きているときより、死んでから、本当に始まる「何か」がある気がする。別の次元の『つきあい』が始まるね、きっと。あなた風に言えば、「咀嚼」できるっていうか。」
大いなる旅を終えた棚の心が素直に描かれたラストです。
ところで、”一旦”という言葉を用いましたが、実はその後に棚が書いた「ピスタチオー死者の眠りのために」という小説が登場します。やっとタイトルの「ピスタチオ」の登場です。読者としてもう一度、彼女のウガンダへの旅に付き合わないと、と思いました。
●レティシア書房ギャラリー案内
6/5(水)〜6/16(日)村瀬進「植物から、本から」出版記念原画展
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展 後藤郁子
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
⭐️入荷ご案内
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
Troublemakers (3600円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
降矢聰+吉田夏生編「ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト
(2530円)
「些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
「本と本屋とわたしの話vol.21」(300円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)