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レティシア書房店長日誌

金井真紀「酒場學校の日々」

 先日紹介した「テヘランのすてきな女」の著者の金井真紀が2015年に出した本が筑摩書房から文庫化されました。日本を代表する詩人の一人草野心平(1903~1988)が、かつて新宿ゴールデン街でやっていた酒場「學校」を、ひょんなことから手伝うことになった著者が、このお店に集まる”酔っ払い”の姿を、愛情を込めて描いています。(ちくま文庫/古書500円)
 

 「地球さま。 永いことお世話さまでした。 さやうならで御座います。
ありがたう御座いました。さやうならで御座います。 さやうなら」
という6行の「婆さん蛙ミミミの挨拶」に、中学生だった著者は惚れ込みます。なんと、大学の卒論も草野心平の詩がテーマでした。
 「わたしにとって心平さんは、会ったこともないのに親しい気持ちを抱く詩人だった。詩だけではとても食べていけず、飲食店をやって糊口をしのいでいたことも知っていた。人生の最終盤に営んでいたのが學校というバーだったことも。その店がまだ残っていたとは!」
 そして、彼女は一人で出かけていきます。場所を変えて営業していたそのバーで、ママの井上禮子さんと仲良くなり、あれよあれよと言う間に、お店を手伝うことになります。「テヘランのすてきな女」を読んだ時も感じたのは、著者の人を描く視線の愛情深さです。ここでも、お店に集まる常連さんは、ほとんどがおっさんですが、みんないい男に描かれています。
 ゴールデン街には、もともと「學校」のお客さんが始めたバーが2軒あります。その一つ、六十代の純子さんがやっている「メガンテ」で、著者が世界情勢から反戦についてあれこれ語り合います。このママ、ガンジーの非暴力主義を高く評価していて、こう言うのです。
 「『真紀ちゃん、私、非暴力主義のためなら鉄砲玉にだってなるわ」
と高らかに宣言した。非暴力主義のために鉄砲玉になる………これを超える名言はなかなかない。」
著者のいい言葉がありました。
 「學校」に出入りするようになって、彼女が実感したことがあります。「年をとった男は、『いい顔の人』と『いい顔じゃない人』のふたつに分類される。だいたい五十歳を過ぎたら差がはっきりしてくるというのがわたしの見立て。」人生が顔に出るというのです。本書に登場する「學校」の常連さんたちは、一癖も二癖もある人物ばかりですが、基本的に紳士です。慎み深く、人に迷惑をかけない、出しゃばらない、小津安二郎の映画に出てくる昭和の男たちみたいな雰囲気のような。
 さて、草野心平という詩人は反骨の人で、60年安保闘争真っ只中の時に「學校」を開店しますが、その開店準備の一方、一人で警視庁前に出向き、麦わら帽子姿であぐらをかいて安保条約改訂に抗議したそうです。その時に写真家の土門拳も、やはり一人で抗議活動に来ていてお互い驚いたとか。
 さらに面白いエピソードとして笑ったのが、草野にはほとんどお金がなくて、面識もないのに詩人仲間の宮澤賢治に「米を一俵頼む」と電報を打ったのです。賢治は金持ちだからというのがその理由ですが、当時、賢治は農学校をやめて農耕自炊生活に入ったばかりで、しばらくしてから、足しにしてくれと、造園学の本が一冊送られてきたとのことです。
 文化人、作家、サラリーマン、自由業と様々な職業のおっちゃんを通して、豊かな人間性にほろ酔い気分になる楽しい一冊です。
 
⭐️夏期休暇のお知らせ 8月5日(月)〜9日(金)休業いたします

●レティシア書房ギャラリー案内
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展

⭐️入荷ご案内
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
「てくり33号」(770円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)

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