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レティシア書房店長日誌

柴崎友香「続きと始まり」
 
 う〜ん。凄い小説を読んだ、というのが第一印象です。大きなうねりのある物語でもなく、登場人物のキャラクターが突出しているわけでもありません。それどころか、340ページの大長編の割には何も起こらず、出てくる人たちは隣にいるような普通の人々です。(新刊1980円)

 二つの大震災、未知の病原体の出現で起こったパニックを背景に、別々の場所で暮らす男女三人の日常を追いかけます。主婦の石原優子、知り合いの飲食店で働く小坂圭太郎、商業カメラマンとして独り立ちした柳本れい、この三人が主人公。物語は2020年からスタートします。「2020年3月石原優子」、「2020年5月小坂圭太郎」、「2020年7月柳本れい」という風に代わる代わる描かれていきます。
 30代後半の石原優子は大阪出身で、一時期は東京のデザイン事務所に勤めていましたが、今は滋賀県で暮らしています。家族は夫と一男一女、仕事は衣料雑貨や日用品を通信販売する会社でパート勤務をしています。
 東京に住む小坂圭太郎は33歳。妻と四歳の娘と暮らし、料理人として知り合いの居酒屋で働いていましたが、緊急事態宣言で夜の営業を中止にしたためにほぼ休業状態です。
 46歳の柳本れいは、東京でフリーランスのカメラマンとして活躍する一方、知人が始めた郊外の木造家屋の写真館を手伝っています。彼らの仕事先や実家との関係性なども徹底的に細かく描かれ、リアルな生活感が伝わってきます。さらに彼らに関わった人々の生活や生き方も挿入されています。
 彼らだけでなく、私たちもまた、仕事でも日常生活でもコロナ禍の影響を受けてきたのは周知の事実です。
 優子の「はっきりとつかめない重苦しい空気みたいなものが、じわじわと自分たちを取り囲んでいる感覚」は、みんなが持っていた感情です。さらに時折三人の胸を去来するのは、阪神・淡路大震災や東日本大震災の記憶。その時の状況や抱いた想いは、心の中に燻っています。それだけではなく、昔の苦い思い出や後悔等が、わけもなく飛び出してきます。そうしたものが蓄積されて、今のそのひとの人生が形成されいるのです。
 彼らがそれぞれに、親との関係に齟齬が生じている状況が、やがてわかってきます。特に圭太郎の両親が無神経な言葉で、彼の妻に第二子、それも男子を望む場面が象徴的です。あぁ、あるあるという方も結構多いかもしれません。
 異なる場所で異なる生活を送る彼らですが、実は共通点が一つあります。ポーランドの詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩集『終わりと始まり』を持っていることです。「戦争が終わるたびに 誰かが後片付けをしなければならない 物事がひとりでに 片づいてくれるわけではないのだから」という詩句が何度も登場します。後片付けが必要なのは戦争だけではありません。震災やコロナ禍がもたらしたもの、いわれのない偏見、差別。その「後片付け」は、誰がやるのだろう?
 「なにも起こっていないし、なにも変わっていないように見える」とは、圭太郎のセリフですが、過去の一瞬が今に繫がり、今がこの先のいつかに繫がっていくのではないでしょうか。本書ラストは「2022年2月24日の午後、柳本れいは、一人の部屋で戦争の始まりを見ていた。」です。ウクライナへのロシアの侵攻で舞台は閉じます。著者の代表作になると思います。

●レティシア書房ギャラリー案内
10/16(水)〜10/27(日)永井宏「アートと写真 愉快のしるし」
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」
11/13(水)〜11/24(日)「Lammas Knit展」 草木染め・手紡ぎ

⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)

森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)
「ちゃぶ台13号」(1980円)
「ヴィレッジ・コード ニセコで考えた村づくりコード45」(1980円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)

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