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レティシア書房店長日誌

「本に出会ってしまった 私の世界を変えた一冊」

 書評の本としては、これほど素晴らしいものはない!と言ってみたくなります。(新刊2200円)

 書いている人がいい。スズキナオ、永井玲衣、川内奈緒、古賀及子、大平一枝、星野概念、岡崎武志、森岡督行、島田潤一郎等々、20人の表現者。上から目線で語られることなく、執筆者の人生を揺さぶった一冊を、大袈裟にもならず、さりとて書評する本のストーリーの紹介に印象批評を加えたようなものは全くありません。執筆者の人生の一部を覗き込んでいるような感じがします。
 「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」を書いた川内奈緒は吉本バナナの「キッチン」を取り上げ、最後にこう書いています。
「理解するまでに、なんという長い時間が必要だったのだろう。カツ丼の大いなる秘密。そして18歳の自分の選択の意味。強く言えば人生の好機は、何度だってめぐってくることも。」
 これ、作品に出てくるカツ丼をめぐるお話です。「カツ丼の秘密を解くのに30年もかかってしまった」というタイトル。え?そうなのと一気に読んでしまいました。一度揚げたカツをタレやら卵でふにゃとさせるのか、その美味しさを年を経るまで知らなかった、と。
 「東京の台所」の著者大平一枝は、向田邦子の「思い出トランプ」を選んでいます。彼女は、市井の人の台所から人生を描くルポルタージュを長年書かれているのですが、編集者から「台所取材をライフワークのようにしている人が、暮らしや食についての傑作の多い向田邦子を読んでいないなんて」と言われ、猛然と読み始めたのです。
「『思い出トランプ』は私に、もっと努力せよ、あなたの表現力はその程度かとけしかけてくる。一行一行、練りこんでこれしかないというオリジナルの言葉で構築したか。どこかで見た、借りてきた言葉を使っていないか。本当に空は青いのか、その人は明るいのか。哀しみのなかにわずかな希望もなかったか。予定調和で終わらせていないか、手を抜いていないかと、小説の神様が次々厳しく問いただしてくるのだ。」大平は、小説とノンフィクションの違いはあれど、「長く残る作品を紡ぐという矜恃において、私は向田作品から学ぶことがとてつもなく大きい。」と心情を綴っています。
 「動物になる日」の前田エマは、今注目の韓国の作家、ハン・ガンの「少年が来る」を取り上げています。この小説は、韓国でかつて起きた光州民主化闘争がモチーフになっていて、国家による暴力とそれに抵抗した者たちを描いた物語です。2023年、前田は光州を訪れ、闘争の跡地を巡ります。
 「暴力というものは、巡るものだと私は思う。差別や拷問、虐待。それは戦争という形だけでなく、家庭や学校という身近な場所にも存在している。誰もが暴力を受ける側にも、暴力を振るう側にもなりえる。そこでいかに踏み止まることができるのか。そこをどうやって暴力に声を上げることができるのか。その難しさと、しかし捨てることのできない希望を『少年が来る』を読むたびに突きつけられる気がする。これから生きていくなかで、たくさんの困難や矛盾と私は出会っていくのだと思うが、この本がそばにあることを思い出せれば、それが絶望だったとしても、書くことで抵抗するという術が私にはあると、背中を押されるはずだ。」
 一冊の本をめぐって、各人各様の思いが散りばめれた傑作だと思います。

●レティシア書房ギャラリー案内
11/13(水)〜11/24(日)「Lammas Knit展」 草木染め・手紡ぎ・手編み
11/27(水)〜12/8(日)「ちゃぶ台 in レティシア書房」ミシマ社
12/11(水)〜12/22(日)「草木の色と水の彩」作品展

⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)
「ちゃぶ台13号」(1980円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
モノ・ホーミー「線画集2『植物の部屋』(770円)

モノ・ホーミー「2464Oracle Card」(3300円)
古賀及子「気づいたこと、気づかないままのこと」(1760円)
いしいしんじ「皿をまわす」(1650円)
黒野大基「E is for Elephant」(1650円)
ミシマショウジ「茸の耳、鯨の耳」(1980円)
comic_keema「教養としてのビュッフェ」(1100円)
太田靖久「『犬の看板』から学ぶいぬのしぐさ25選」(660円)
落合加依子・佐藤友理編「ワンルームワンダーランド」(2200円)
秦直也「いっぽうそのころ」(1870円)
折小野和弘「十七回目の世界」(1870円)

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