レティシア書房店長日誌
川本三郎「物語の向こうに時代が見える」
川本三郎は、映画・文学評論で私が最も信頼している評論家です。大学時代にキネマ旬報に載っていた彼の映画評論をつぶさに読み、高い評価をした映画は必ず観に行っていました。その後、文芸評論や旅行エッセイへ範囲を広げて、多くの著書を読んできました。
今回ご紹介するのは2016年に発行された書評集「物語の向こうに時代が見える」(古書1800円)です。
「3・11のあと、自分が変わったと思うことがひとつある。それまでは、記憶の底のほうにあって、ふだんあまり意識していなかった、子供時代の自分が大きくせり上がってきたこと。 まだ貧しかったあの頃。空襲の焼け跡があちこちに残っていたあの頃。戦争の死者の記憶がまだ重く、身近かだったあの頃。 昭和十九年生まれの物書きとして、3・11のあと、子供の頃の記憶が鮮明によみがえってきた。思いもよらないことだった。 そして、現代の小説を読むうちに、3・11の惨劇と、貧しく不安だった頃の記憶が重要なものに思えてきた。 確かに、本書で取り上げた小説には、暗い小説が多いかもしれない。しかし、その暗さのなかでなんとか生きようとする主人公たちの姿に希望がある。彼らを隣人として描き切る作家たちに、書くことの強さと優しさを感じる。」
本書は、「戦争の記憶」、「『街』と『町』に射す光と影」、「家族の肖像」という三つの章に分かれています。
第1章では徴兵忌避者を描いた傑作、丸谷才一の「笹まくら」から始まりますが、この章で、乙川優三郎の「脊梁山脈」が紹介されていました。時代小説作家が初めて挑戦した現代小説で、復員してきた青年と木地師との交流を描いていきます。
「もし今度戦争があったら山の奥へ逃げるつもりです。死んだ戦友もそうしろと言ってくれるでしょう。食べる物を作り、生活の道具を作り、細々とですが生きてゆける人間がどうして外地で知りもしない人たちと殺し合わなければならなかったのですか、わたしはもう御免です。深山の奥のそのまた奥へ入り込めば特高にも誰にも見つけれられません、この次はきっとそうします」戦争を引き起こした日本国への鋭い批判です。
第3章で紹介されている村田喜代子「故郷のわが家」は、「老いの入り口にいる女性の語りで描かれる老いの準備の物語」だと著者は考えて、老いをこう表現します。
「老いとは、現実のごく日常的な風景のなかに、彼岸の風景を見るようになることなのかもしれない。そこでは、父母や兄たち、あるいは小学校の同級生たちが生きている。自分が来るのを待っている。」と。
この小説の主人公笑子さんは、よく眠り、よく夢を見ます。「現実と夢の境が次第にあいまいになってゆく。これもまた老いの特質であり、特権でもあろう。現実から徐々に身をずらして向こうへと行く。」八十歳になった著者が、笑子さんに惹かれてゆくのがよくわかります。
川本の文芸評論を代表する一冊だと思います。なお、もう一冊同じ出版社から「『それでもなお』の文学」という評論集もあります。(古書1900円)
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⭐️入荷ご案内
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つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
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「B面の歌を聴け」(990円)
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辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
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