レティシア書房店長日誌
川本三郎「遠い声 浜辺のパラソル」
サブタイトルに「川本三郎掌篇集」とあります。
本書に収められている40数編はどれもとても短くて、小説のワンカットのようでもあり、あるいは映画のワンシーンを抜き出したような作品です。(ベルリブロ/新刊2640円)掌編小説というのを、PCで調べると「掌編小説(しょうへんしょうせつ、掌篇小説)は、短編小説よりもさらに短い作品を指す。「短い短編小説」であるショートショートよりも短い小説(story)とされるが、散文的なものもあり明確な基準はない」と書かれていました。
本のタイトルにもなっている掌篇の一つ、「遠い声」の最後の文章が心に残りました。
「ブタペスト滞在の最後の日、ひとりで宿舎になっているホテルを出て、町を散歩した。夕暮れどきで、それでなくても沈んだ町がいっそう静まりかえっていた。人がたくさんいるのに人の気配がない。どこか影絵を見ているようだった。すれちがう人間たちは私を見て何の反応もない。目線を避けようとする。
ドナウ河にかかる大きな橋を歩いていたとき、真ん中あたりで河の流れを見つめている男に気づいた。あの老優だった。彼はひとりでじっと河を見ていた。その先きの暮れてゆく町を見ていた。私は声をかけようとしたがどうしてもそれができなかった。」
この老いた俳優とは、ハンガリーで撮影中のアメリカ映画の取材現場で出会った「陽気なハリウッドのスターのスターたちのなかにいるとまったく目立たなかった。いや逆に目立たないことで気になる存在だった。彼は昼食のときはいつもひとりになった。」というハンガリー人俳優のことで、私の中に映画の美しいワンシーンが浮かび上がりました。
著者の映画や文学の評論や、旅行のエッセイは、私の愛読書です。とりわけ、ちょっと電車に乗ってふらりと一泊の旅に出て、あまり観光地でもない場所の民宿に泊まって、ひとりでお酒を飲む。そんな情景の描写が抜群で、本書でも都内の川や橋が多く登場します。
「荒川を渡って最初の小さな駅で降りた。雨は幸いにやんでいた。商店街を抜け、大きな自動車道路を渡った。目の前に高い土手が見えた。それを駆け上がった。視野が一気に開けた。広い河川敷の向うに荒川のゆったりとした流れがあり、その先きにいま電車で通り過ぎて来た町の光が夕暮れのなかで輝き始めていた。河に沿って走る高速道路の照明灯が白い光を放っていた。『風景』というより『パノラマ』だった。」(「河を渡ってマジック・アワーへ」より)
「知らない町に行きたかった。まだ一度も行ったことのない町に行きたかった。それもできれば川沿いの町を選びたかった。」(「救済の風景」より)そう思って、著者は今日も電車に乗りこんでいるのかもしれません。
●レティシア書房ギャラリー案内
8/10(土)〜8/18(日) 待賢ブックセンター古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色」やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展
⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)