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レティシア書房店長日誌

大石直紀「京都文学賞小景」
 
 京都に縁のある文学者や作品をモチーフにして、現代に生きる人々の人生を絡ませた短編小説集です。最初に取り上げられていたのは、尹東柱(ユンドンジ)です。(文庫古書300円)
 

 尹東柱は、中華民国時代の朝鮮出身の詩人です。母国語で多数の詩を創作してきました。1942年同志社大学英文科に入学しますが、翌43年従兄の宋夢奎が治安維持法違反容疑で逮捕され、同年に尹も同容疑で逮捕されてしまいます。1944年、尹東柱と宋夢奎は起訴され、尹は京都地裁で、「日本国家が禁止する思想を宣伝・扇動」したとして、懲役2年の実刑判決を言い渡されます。2人は福岡刑務所に収監され、その一年後の1945年、同刑務所で原因不明の獄死、27歳の生涯でした。死後に「空と風と星よ詩」などの作品が知られるようになりました。同志社大学キャンパス内のハリス理化学館の脇には、尹東柱(1917-45)の詩碑が建っています。
 小説は柿沼千代という老齢の女性のこんな描写から始まります。
「柿沼千代は、学生らしいカップルに手を貸してもらいながら市バスのステップを降りた。丁寧に礼を言い、老人用のショッピングカートのハンドルを握ると、千代は、カップルのあとから歩き出した。」
 彼女が降りたのは同志社大学前の停留所で、大学内にある尹東柱の詩碑に向かいます。なぜ、そこに行くのか?物語は、千代の過去へと向かいます。それだけなら、過去の千代と尹東柱の交流の物語に終始するのですが、上手い!と思ったのは、彼女が過去に尹東柱を逮捕から逃がそうとしたある行為を、現代、全く尹東柱と関係のない青年にやってしまうことです。これを書いてしまうと、推理小説のエンディングをバラすようなものです。とにかく、鮮やかなラストに拍手を送りたくなりました。その光景が映像として脳裏に焼き付きますよ!
 第二作は川端康成の「古都」、第三作が、在京していた頃の中原中也です。そして最後を飾るのが、京都の方ならご存知のカフェ「フランソワ」です。ここには主人公たる文学者は登場しません。日本が戦争に突入していった頃に、出版していた反ファシズム新聞「土曜日」をめぐる物語です。
 「フランソア」は1934年創業。戦前は京都の文化人や学生がたむろして活発に議論していた場所です。新聞「土曜日」を創業したのは松竹下加茂撮影所の大部屋俳優斎藤雷太郎。支援していたのが「フランソワ」創業者の立野正一。販売方法がユニークで、喫茶店等に買い取ってもらい、そこで販売するという現在のZINEみたいです。「『土曜日』を置いてくれている喫茶店は、市内一の繁華街である河原町界隈だけでも『フランソア』をはじめ、『築地』『夜の窓』『カレドーニャ』など二十店舗を超えていた。」
 「土曜日」の配達を手伝う若い男と女が主役なのですが、この男には秘密がありました。その秘密は最後にわかってしまうのですが、気持ちのいい幕切れが用意されています。映画になったら、泣けた!と観客から聞こえてきそうです。
 京都のあちこちの場所、お店が登場します。個人的には、以前住んでいた近所のパン屋さん「柳月堂」が登場したのが嬉しかったです。

年始年末休業のお知らせ:12月29日(日)〜1月7日(火)

レティシア書房ギャラリー案内
11/27(水)〜12/8(日)「ちゃぶ台 in レティシア書房」ミシマ社
12/11(水)〜12/22(日)「草木の色と水の彩」作品展

⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)
「ちゃぶ台13号」(1980円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
モノ・ホーミー「線画集2『植物の部屋』(770円)

モノ・ホーミー「2464Oracle Card」(3300円)
古賀及子「気づいたこと、気づかないままのこと」(1760円)
いしいしんじ「皿をまわす」(1650円)
黒野大基「E is for Elephant」(1650円)
ミシマショウジ「茸の耳、鯨の耳」(1980円)
comic_keema「教養としてのビュッフェ」(1100円)
太田靖久「『犬の看板』から学ぶいぬのしぐさ25選」(660円)
落合加依子・佐藤友理編「ワンルームワンダーランド」(2200円)
秦直也「いっぽうそのころ」(1870円)
折小野和弘「十七回目の世界」(1870円)
藤原辰史&後藤正文「青い星、此処で僕らは何をしようか」
(サイン入り1980円)
YUMA MUKUMOTO「26歳計画」(再々入荷2200円)

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