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レティシア書房店長日誌

大西伸夫「ここで土になる」
 
 
本書「ここで土になる」(古書/アリス館700円)は、小学校5、6年生の課題図書に選ばれた本ですが大人の方にもぜひ手に取って頂きたい一冊です。

 著者は大西暢夫。1968年生まれのカメラマンです。ダム建設でゆれた村で、最後まで移住を拒否してそこに暮らすことを選んだ夫婦を撮りました。
「樹齢500年とも600年ともいわれている大木だ。熊本県の五木村頭地地区田口に、その大イチョウは今もしずかに立っている。」
 風格のあるイチョウの木の写真が先ず目に飛び込んできます。被写体となっている尾方茂さんは、昭和2年生まれ。妻のチユキさんは昭和7年生まれです。結婚して60年。この村は、山仕事や畑仕事を生業としてみんな仲良く暮らしていました。当時の写真の中の子供達の表情が素敵です。
 しかし、昭和30年代にダム建設の話が持ち上がり、村は水没する運命でした。人々は徐々に村を去っていき、残ったのは尾形さん夫婦だけになりました。いや、正確に言えば大イチョウと共同墓地と二人だけ。段々と元の姿をなくしてゆく村と、それでもここで暮らす二人の幸せそうな姿を著者は捉えています。二人のポートレイトを眺めていると、なんだか幸せな気分になってきますよ!
 やがて大イチョウは引越しが決まり、足場が組まれてしまいます。
「枝が払われ、根も切られ、まるで檻に入れられたようで、身うごきがとれない。とても苦しそうに見えた。」息苦しくなるような写真です。
 ある日、急にダム建設が中止なリます。お役所仕事の杜撰が見え見えですが、本書は小学生向けの児童書なので、その辺の説明はありません。結局、去った村民は戻って来ず、二人だけの生活が続きます。ダムこそ中止になりましたが、「大イチョウとお墓のま上に、りっぱな橋が造られようとしていた。」道路の橋桁が大イチョウに覆いかぶさる写真には、人間の身勝手さが表れています。すっかり変わった風景の中でも、黙々と畑仕事を続ける二人。
 「ここで変わらない暮らしを淡々と続けることが、怒りや言葉より、強いことであると、ぼくは気づかされた。茂さんは、今日も土を耕している。大イチョウとともに、ここに根を張って生きている。」という、あとがきの言葉が、本書の全てだと思います。

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