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レティシア書房店長日誌

伊予原新「藍を継ぐ海」
 
 第172回の直木賞を受賞した短編小説集です。とても心に沁みました。二番目の「狼犬ダイアリー」では泣いてしまいました。(新刊1760円)

 著者は昭和47年大阪生まれ。東大理学系研究科で地球惑星科学を専攻という変わった経歴です。
 本書には、五つの短編が収録されています。1作目の「夢化けの島」は、萩焼きに使われていた幻の土をめぐる物語です。2作目の「狼犬ダイアリー」は、奈良県の山奥の村に出没した狼らしき動物に関する物語。3作目「祈りの破片」は長崎に落とされた原爆の熱を浴びた教会の破片を集め、調査する男の物語。4作目の「星隕つ駅逓」は、北海道の小さな村に落下した隕石の破片を探し出す物語。そして表題作「藍を継ぐ海」は、徳島の海辺の町で、ウミガメの卵を孵化させる女子中学生の物語です。さすがに理科系出身の作家だけに、巧みに科学知識を刷り込ませてすべての物語がより豊かになっています。
 「狼犬ダイアリー」で、狼を見たという少年拓己君の愛犬ギンタが狼を追って行方不明になります。しかし、少年の前にその愛犬を連れて狼が登場するのです。その場にいた獣医師がこう言います「送ってくれたんですね。彼が。」
 「ニホンオオカミには、自分の縄張りに侵入してきたものを追跡して監視する習性があったと言われていましてね。『送り狼』という言葉もそこから生まれたんですよ。今使われているような意味とは、本来は違うんです。」
と獣医師が解説します。もちろん、今の日本に狼がいるわけはありません。彼は、狼と犬との間にできた狼混の末裔でした。しかも、この獣医師はかつて傷を追ったこの狼混を治療したことがあるのです。
 「先生はそう言うと、数歩だけ狼混に近づいた。向こうも先生を見つめ、舌舐めずりをして、頭をわずかに上下させる。傷を縫ってくれた人だと思い出したのかのように、わたしには見えた。これはきっと、束の間の邂逅だ。そして、たぶん最後の。神々しささえ感じさせるその姿を、この目にしっかりと焼き付ける。 案の上、狼混は全てを見届けたとばかりに体を翻した。音もなく石段を駆け上り、杉林の中に消えていく。 追おうとする者はいなかった。ギンタでさえ、ただのひと声も吠えなかった。『ありがとう!』橋の上から拓己君が張り上げた声だけが、山に響いた。」
 どの作品も自然科学的なバックグラウンドを十分に活かしながら、人間を描いています。閉鎖する郵便局に勤めていた父の偉業を残すために、隕石を隠して偽の申告をする娘が主人公の「星隕つ駅逓」や、被爆資料と空き家問題を結びつけた「祈りの破片」は、特に深い印象に残りました。賞の選考でもダントツだったとの事。さもありなんと思った小説でした。

レティシア書房ギャラリー案内
1/22(水)〜2/2(日)「口を埋める」豊泉朝子展
2/5(水)〜2/16(日)ぢやむ提供「オリジナル豆本市」
2/19 (水)〜3/2(日)「あっこランド」ちいさな絵とちいさなお人形
3/5(水)〜3/16(日) まるぞう工房展
3/19(水)〜3/30(日)絵本「いっぽうそのころ」原画展

⭐️入荷ご案内
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「オフショア4号」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
坂口恭平「自己否定をやめるための100日間ドリル」(1760円)
「トウキョウ下町SF」(1760円)
モノ・ホーミー「線画集2『植物の部屋』(770円)

古賀及子「気づいたこと、気づかないままのこと」(1760円)
ミシマショウジ「茸の耳、鯨の耳」(1980円)
comic_keema「教養としてのビュッフェ」(1100円)
太田靖久「『犬の看板』から学ぶいぬのしぐさ25選」(660円)
落合加依子・佐藤友理編「ワンルームワンダーランド」(2200円)
秦直也「いっぽうそのころ」(1870円)
折小野和弘「十七回目の世界」(1870円)
藤原辰史&後藤正文「青い星、此処で僕らは何をしようか」
(サイン入り1980円)
モノホーミー「自習ノート」(1000円)
コンピレーション「こじらせ男子とお茶をする」(2200円)
牧野千穂「some and every」(2500円)
マンスーン「無職、川、ブックオフ」(1870円)
笠井瑠美子「製本と編集者」(1320円)
奈須浩平「BEIN' GREEN Vol.1"TOURISM"」(1300円)
小野寺伝助「クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書」(825円)
佐々木みつこ「戦前生まれの旅する速記者」(1980円)

山口史男「植物群のデザイン」(1650円)
万城目学「新版座・万字固め」(1870円)
和山弘子「WADDLE YA PLAY」(1760円)
万行紗衣「奥能登地震生活記」(2300円)
モノ・ホーミー「頭蓋骨を散歩する」(1320円)
green birds「book like spotlight vol2」(500円)




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