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レティシア書房店長日誌

山野辺太郎「恐竜時代が終わらない」
 
 なんとも不思議な、それでいて暖かい小説。ファンタジーのようであり、SFのようであり、児童文学のような物語でした。(新刊1870円)
 

 「恐竜時代の出来事のお話をぜひ聞かせてください」と、主人公の元に、「世界オーラルヒストリー学会」から届いた手紙。世界オーラルヒストリー学会って?それは、口伝で伝えられてきた物語を学会の人たちに聞かせるちょっと不思議な会なのでした。
 主人公の父親は、彼が小さい時からろくに仕事もしない人で、母親が家計を支えていました。「そんな父が家族に果たした数少ない務めの一つが、恐竜の話をこどもに言い伝えるということであったように思います。日頃はやつれてうなだれがちな父でしたが、月明かりのもとで話をしているときには、瞳に小さな光を宿し、柔らかい笑みを口元にたたえて、本当のこどもであったわたしよりもひたむきに、こどもに返っているように見えました。」
そんな父から聞いてきた恐竜の物語を、ゆっくりと主人公は語り始めるのです。
 「およそ40年間にわたって心のうちに大切にしまい込んできた話です。ときおり、夜に布団のなかで思い起こしてはほこりを払い、色あせないように努めてきました。記憶が薄れるのを防ぐために鮮明な彩色を施したり、不確かな部分を修復するのに素材を補ったりする必要もありました。結果として、父から聞いた話よりもずいぶんふくれ上がったものになっていたかもしれませんが、そうすることでわたしは記憶を保つことができたのです。」
 それは草食獣のこどもエミリオと、肉食獣のこどもガビノの不思議な出会いから、二人(二匹)の心に流れだす切ないような、悲しいような感情の行方であり、食う者と食われる者との間の命の循環の話です。
「ガビノ、と心のなかで呼びかけます。君の初めての獲物になれるだったら、僕、なってもいい。僕の肉が、胃袋の中で消化されて君の肉になり、君の心が、最初の獲物である僕のことをずっと忘れずにいてくれるのなら、きっと僕は幸せ者だ。僕のエミリオとしてのジンセイは終わって、ガビノのジンセイのなかに溶け込んでいく。そんなことを思いつつ、エミリオは目を閉じたまま、小さくため息を吐きました。まぶたの裏に映し出されたガビノの像が、黒く潤んだ瞳でエミリオを見つめ、小首をかしげて、しっぽをゆったりと左右に振っていました。」とエミリオは思っていました。
 この作品の面白いところは、聴衆に語っていく恐竜のシーンに、主人公の決して幸せではなかったけれど、それなりに楽しかった小学校時代の回想シーンが挿入されていることです。
 そして、主人公と父の関係が、ラストでファンタジー文学のような幕切れを見せてくれるのです。泣けてきました........。版元は博多に本拠地を置く書肆侃侃房です。もともと、短歌や俳句がメインでしたが、昨今は国内外の文学、エッセイも出しています。いくつかこのブログで紹介しましたが、注目すべき版元です。

●レティシア書房ギャラリー案内
10/7(水)〜10/13(日)  槙倫子版画展
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」

⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)

森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」

いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)

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