退職願を2回出すことになった。決戦は明日の朝。
「先生、これを⋯。」
くすんだ色のA4再生紙を、一枚手渡された。
ここは、夕方の校長室。
眼の前には校長、ただひとり。
再生紙の上部には、キラリと光る、3つの漢字。
ああ、いよいよか。
いよいよこいつがやってきた。
退職願。
「これを書いたらもう、おしまいですからね。」
と、校長。
おお。おしまい、おしまいか。
いや、わかっちゃいるけれど。
こう、なんというか。
この紙を受け取ったのは、金曜日。
退職願のテンプレートに書くのはたったの三項目。
「勤務校」「職名」「氏名」、以上である。
こんなもん10秒もかからない。
自宅に持ち帰った先週末。
なんと、この土日。
仕事用のカバンから、出しませんでした。
土日には書きませんでした。
書きませんでした。
いやぁ、この土日、書きませんでしたね。
もうおしまいなんだということは、
わかっちゃいるけれど、こう、なんというか、
⋯⋯書きませんでした!
いや、絶対書くし、絶対出すし、絶対辞めるし、絶対本屋を始めるんで、絶対書くんだけど、この土日には、書かなかったわけです。
すすーって書いて、ッターンッッ!と出さなかったわけだから、ここにはやはり、理由が、意味が、感情が、あるわけで⋯
とかなんとかウジウジしていたら、だ。
今日。夕方。
もう一人の管理職が私のところへやってきた。
「先生、これ、ハンコちょーだい。」
「はーい」
自分の名前の横に印を押す。
押してから気づく。
あれ、この紙、一番上に、
「退職願」
って書いてある⋯⋯?!
私「あれ?退職願?!これ、私が持っているやつと、違う形式のやつですね⋯?」
管「あ、そうなの?!まあ、大丈夫よ!これで、出しとくからさ!」
よく見ると「勤務校」「職名」「氏名」等々のわたしの情報が、ご丁寧に既に印字されているではないか。
なるほど。おそらく事務作業レベルでは、校長ではなくもうひとりの管理職の仕事のうちのひとつなのであろう。
私「ああそうですか、ありがとうございまーす」
と、あっけなく退職願の提出が、終わってしまったのだった。
これでおしまいである。おしまい。
なんか引っかかるけど、まあいいや。
そんなもんどうでもいい。
そのまま定時を迎えたので、退勤した。
運転席で、どうでもいいわとつぶやきながら。
いや、よくない。
退職願は自分の手書きで書いたものを、自分の手で出したかった。
教員生活16年のひと区切りは、自分の手でつけておきたかった。
16年間。
毎年、大体ひとクラス、30人の児童。
一学年に2クラスあることが多かった。
なので、一年間で約60人の児童と関わる。
それを16年だから、
60人×16年=960人。
凄い数だ。
クラブ、委員会、部活動で関わる児童も含めれば、はるかに大きい数字になる。
さらに、これに加えて、職員、保護者の数まで入れれば、この16年間にこの仕事で関わってきた人たちの数は、膨大な数になる。
あんな人もいたし、こんな人もいた。
あれは嬉しかったし、あれはひどかった。
この人たちとの出会いがあるから今がある。
あの日々があるから本屋を始める。
感動、感謝、成長、青春。
理不尽、残業、雑務、自己犠牲。
このクソみたいな素晴らしいマーブル模様な日々との一旦の決別を、やはり他人の手に委ねてしまっては絶対にいけない。
と、いうわけで。
出していない手書きの「退職願」が手元にある。
二重になってしまっても構わないし、どちらが正式に受理されても構わない。
「自分の手で出したいので受け取ってください」
と、こいつを明日の朝、提出してきたいと思う。
退職届をぶちかます、よくあるテレビドラマを、きちんとやらせてほしいのだ。
まさかの2回目の退職願。
さあ、どうなる。