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「2028年街から書店が消える日」著者の12提言への議論(午郎’S BAR 15杯目)

前回の予告通り、2024年7月29日にプレジデントオンラインに掲載された、今回のタイトルにある「2028年街から書店が消える日」著者、小島俊一氏の
「2028年までに本屋はすべて消滅する」…元書店経営者が真剣に訴える「瀕死の店舗を再生させる12の提言」
昭和のビジネスモデルから脱却するとき
について、小島氏のお望みの議論があまり行われている気配を感じません。
多分それは
*タブーに踏み込みたくない
*自分の知りえない部分が多い
*あきらめ
ではないかと思いますが、氏の望む議論のきっかけを午郎’S BARで作れればと思い、今回は12の提言についてそれぞれ非常に簡単ではありますが、私の意見を記載したいと思います。

もしこのネット記事をお読みでない方は、まず上記の記事をご一読いただければ幸いです

各提言に対する私の意見(太字は提言)

●出版社が行うべきこと
1.出版物の価格拘束をする再販売制度を放棄するか、流通側(取次2%・書店8%)に利益を還元して、書籍の販売価格も順次10%から15%まで上げる。
……再販制度と委託制度は、売り上げが伸びている時は機能していましたが、売り上げが下がる現状では、弊害のほうが大きいことを認識しなければなりません。この事を真正面から議論しないと、日本のすべての書店は消えてしまいます。(詳細は拙著p169参照、以降はすべて拙著より)

→販売価格の値上げは賛成です。出版物の原価も上がっています。正味改善も可能ならば実行するべきなのだとおもいますが、私がウィスキーキラー名義で書いたnote「書店経営難を考える③ ④」で書いた通り、正味改善は多分進まないのではないでしょうか。それは出版社が今の定価設定ではこれ以上正味を悪くできないからであり、且つ、業界内のコンセンサスをとるのに相当時間が掛かります。そうこうしているうちに既存の出版流通が先に崩壊してしまうのではないでしょうか?
再販制度については今後も出てくるが慎重な議論が必要だと考えています。著者に与える影響等を指摘する声もあります。また再販制度を放棄すれば逆に書店の粗利が下がる怖れもります。
また同書ではこのほかに「ロングセラーを作るための努力」についても指摘がされています。出版社が書店に貢献できること。これはブックダムでも議論しました。結論は「読者に必要とされる本をしっかり作ること」でした。

2.新刊は発売日の3カ月前に書店と読者に告知して、事前注文を取る出版体制を構築して、出版物の粗製乱造を防ぐ。
→あるべき姿としては至極当然のことだとは思います。出来る限りブックダムもそうしたいと思います。しかし、出版物製作の過程で企画通過から発売までの時間をなるべく短縮したいと出版社の経営者は思うのです。要は出荷すればキャッシュが廻る。その仕組みが続く限りはなかなか決断できないのではないでしょうか?
粗製乱造は確かに問題としてあります。例えば著者からお金をもらって出す出版物などはそうした傾向が強いことは否めません。製作費を著者(或いは企業)が持っているため出版社にはリスクが少なく、且つできるだけ手間を掛けたくない出版社が多く存在しているのも事実です。一方でこうした出版を望むニーズも顕在化しています。例えば出版社は製作費としていただいたお金の一定量を書店の販促費用に回し、一方でしっかりした内容の本を作る、等、まだまだ考えられる部分は多いと思います。


●取次が行うべきこと
3.書籍専用物流の構築
……トーハン、日販で合同の書籍物流網を整備して、物流速度を大幅に改善し注文品の翌日店頭到着を実現して、読者の書店への信頼を取り戻す。3PL(※)も視野に入れます。

→日本の出版業界の硬直性の根源は「選択肢がない」という点だと思います。例えば自社の粗利を削ってその分書店の粗利を増やしたい出版社は、余程のことがない限り、書店と直取引をせざるを得ません。また、取次も契約している出版社の商品は例え契約条件が悪くとも扱わなければなりません。出版社や書店は取次以外のロジスティックスを活用する選択肢が殆どないのが現状です。これはやはり物流の他に情報・金融という役割も取次が担っているからでしょう。この機能が取次から外れないと別の選択肢を選ぼうとする出版社や書店は増えません。(金融の場合は新店開店がなかなか難しいことになる、という部分は見逃せないのですが)
また取次が書籍だけの物流を構築した場合どのくらいの「コストが掛かる」のかをちゃんと計算して、出版社に提示することは望ましいと考えます。それで初めて選択ができるようになるからです。

4.流通側への利益再配分に関する出版社との交渉を主導する
……取次は各出版社の加重平均仕入正味を把握しているのですから、弱小出版社にばかり不利益にならないようにして平均仕入正味60%平均出荷正味70%を実現する。粗利益改善が果たせれば、書店も取次も当面の営業赤字は解消されます。

→これを行うための必要条件は、取次が提示する条件に乗れない出版社の物流は行わない、と提示することです。その上で取次も出版社に対して物流に掛かるコストをしっかり提示する必要があります。その上で出版社は取次を選択するか、自社で違うロジスティックスを活用することを選ぶかができるようになります。
 
●書店が行うべきこと
5.自主仕入れへの移行
……書店は取次頼みの仕入れから卒業して、買い切り商材を含めた積極的な仕入れを行い、その能力を向上させる。小売りにとって最も重要な能力が仕入れ能力であることは論を俟まちません。

→これは小売として至極当然の機能をちゃんと持つ、と言うことです。ただ問題はあふれている出版物の情報をどう整理できるのか?ではないでしょうか。書店も出版社もしっかり情報の譲受ができる仕組み。商品情報をamazonで検索しているうちはそれができないと思います。経産省の書店振興プロジェクトで実現してもらいたい課題です。
また各出版社もどのように情報を発信するか、受け手(書店のバイヤーや店舗での担当者)側はどう受け取るか?の変革も必要でしょう。「FAXください」は流石にそろそろやめないといけないですよね。

6.書店経営者やチェーン店本部が店頭オペレーション管理を手放す
……書店に働く人は時給が安くても本が好きで本屋で働いています。それにもかかわらず、書店現場では出版社からのリベートや取次からの「提案」が優先されて、書店店頭は本売り場から本置き場になっています。本好きな人を書店に呼び戻すためにも書店店頭を書店員の自由な発想で再構成し、特長ある店舗作りに転換しませんか?

→これは書店が選択するべき内容ではないでしょうか。著者が指摘する「出版社からのリベートや取次からの「提案」が優先され」は悪い面もあれば良い面もあります。メーカーや取次が販促を行うのは出版業界だけではありません。問題は「なぜ優先されるのか?」です。少しでも粗利を稼ぎたい、普通に売っていたのでは営業利益を黒字化できない(書籍雑誌店売セグメントにおいて)から本部も場合によっては店長クラスもそうしたものを優先せざるを得ない状況があります。このセグメントでしっかり利益が確保できる状況になるのであれば、その扱いをどうするかは各書店の判断が分かれます。そうした状況をどう作るかが先決ではないでしょうか。


●行政が街の書店を守るための具体策
7.疲弊している流通側の適正利益確保のために公取委は、取次が出版社と一定の範囲内での利益再配分交渉を行うカルテルを容認する「独禁法の弾力的運用」、もしくは出版社に再販制度の放棄を指導する。(詳細はp32)
→これは1でも書いたので割愛します。

8.図書館と地域書店の共存のために地元書店から図書館への納品は定価を厳守させる「再販制度の厳格化運用」に関する公取委の指導。(詳細はp25、p162)
→これには少々異論あります。多分この問題は2つあって、一つはここで指摘されるような公共図書館への「本」の納品は定価納品を厳格化すべき、という部分と、もう一つは地元書店への発注の義務化、なのでしょう。1番目は読み取れるが2番目は推測でしかありませんが。
もし2番目も入っているとすればなかなか悩ましい問題です。それは少なくない自治体が公共図書館運営は指定管理制度を適用しているからです。公共図書館の指定管理のレギュレーションは大きく分けて3つの要素があります。
①     本の納品
②     納品される本の「整備装備」→これは図書館の本として「使える状態」つまり、ラベルを貼ったり、蔵書データに反映させたり、という附帯作業
③     図書館の運営管理
これが入札の条件になります。指定管理前は①②で済んだのですが、指定管理後は③も行わないと入札できません。地元の書店(或いは書店組合)が指定管理で勝てない要因はここにあります。運営管理には一定のノウハウと人材確保、教育が必須だからです。
多分①②だけでも地元図書館に出すべきだ、という声もあるでしょう。しかし、もしそうなったら③の単価は当然高くなります。これはユーザー(自治体)にとって好ましいことではありません。書店を守る議論の中で忘れてはいけないのは「顧客のユーザビリティの阻害」ではないでしょうか。

追記
上記図書館部分についてご指摘いただいております。元々私が丸善CHIホールディングスに所属していたこともあり、業務で携わった部分を元に著者提言への考えを記載したこともあり、「ミスリード」になっているのであればその部分を勘案してお読みください。
よろしくお願い申し上げます。

https://twitter.com/Bookness2/status/1831110047994454117

 https://twitter.com/dellganov/status/1831412319982932179


9.出版物流改革の足枷になっている出荷カルテルである「雑誌発売日協定」を公取委が撤廃指導する。

→時代にそぐわないのは同意できるのですが、これについては知見が少ないのでコメントを控えたいと思います。

10.書店業に新規参入する際、大きな障壁になっている取次の過剰担保規制を緩和させる。(詳細はp101)
→これはやはり委託制度の運用をどう変えていくか、とセットだと思います。
これは書店の規模や資金力によって柔軟な運用を検討すべきではないでしょうか。

11.再販制度と委託制度の一体運用の弾力化。書店は仕入れた本を出版社に自由に返品できる委託制度があるので、本が書店に移動しても所有権は出版社にあると見なされて、書店は再販制度に縛られ価格決定権がありません。
しかしながら、実際には返品できない本が店頭には多くあって不良在庫化しています。これらの所有権は出版社から書店に移転したとして、再販制商品から外し書店が価格決定権を持つことを公取委が認める。

→要は時限再販制度の強化、と言うことかと思います。書店の仕入機能を強化し、新刊配本以外は注文品扱いにすればこうした事例は少なくなる可能性もありますが、出版社としては返品してくれて構わないから少しでも長く「置いて」欲しい、と思うわけで・・・
結果、出版社は「読者に必要とされる本をしっかり作る」ことが何よりも大事な時代になっていく、と言うことです。

12.税制面の優遇措置。経産省主導で書籍に限った消費税軽減措置(撤廃措置)を行い上記1で発生する書籍の最終価格上昇を抑制させる。
→これはこうなることが望ましいと思う反面、税や補助金に頼った改革は長続きしないのでは、との思いもあります。




まとめ

小島氏の提言は概ねその通りだろうと考えていますが、一方でベースは既存の流通の仕組みをどう変えていくかの「完成形」に近いものではないかと思います。完成形を目指すのか、それとも、まずはそこに到達するための一歩をどう踏み出すのか。それによって意見が分かれるはずです。
そしてこの議論の難しいところは、「目的はなにか」をどこに設定するかです。
議論の目的が
*街の書店(大手チェーン含む)が今後存続できる流通の仕組みの構築
なのか、
*既存のプレーヤーを守る方法
なのか、
それとも
*読者の読書環境の維持向上を目指す
のか。
それによって選択すべき未来は大きく変わるように思います。

まずは手元でできることから。
しかしそのためには正しい地図を持たないといけません。