新しい取り組みの背景と狙い (午郎’S Bar 6杯目)
プレスリリースに出版界衝撃走る
6月23日、出版業界に激震が走った。
「紀伊國屋書店×カルチュア・コンビニエンス・クラブ×日本出版販売
書店主導の出版流通改革及び
その実現を支える合弁会社設立に向けて協議を開始」
https://corp.kinokuniya.co.jp/press-20230623/
紀伊國屋とCCCが手を組む。この構図にびっくりした。書店業界での売上1位と2位のチェーンが手を組む。一体何のために?というのがリリースを見た多くの関係者の感想だろう。
リリースをじっくり読みこんでいくと、表には見せていない、この座組の他の目的がある程度読み取れたのでそれを考察してみる。あくまで私の推測ではあるが。
リリースの内容整理
今回のリリースではこのようなことを言っている
*出版流通は疲弊しており、それを何とかするために書店主導で流通改革に取り組む協議を開始します。
*まずは合弁会社を作ります。
*合弁会社は
①返品率を抑えます
②書店の粗利30%以上を実現します
*インフラは3社が保有しているものを効果的に使います
*出版社にはこの合弁会社と取引してもらいます
このリリースについて殆どのメディアが取り上げた中身は
*大手書店チェーンが主導する流通改革
*AIを使った発注システムによる返品率の低減
というポイントについてである。
しかしこのリリースの真意は別にあるように思える。
それは日販が従来の取次の機能の一部を、この合弁会社に持たせた上で、長年なかなか変えられなかった出版社・取次・書店の利益配分構造を一気に変えよう、としている意図が隠れている。
出版界の利益配分
現在出版業界の大まかな利益配分は
書店23 取次8 出版社69
流通の取り分は他業界に比べて圧倒的に低い。しかし、一定期間返品可能である。
当たり前のことだがこの利益配分は売れてはじめて成り立つ。しかし返品ができるので売れないものにもすべてのプレーヤーにコストが発生する。特に取次は売れないものの運賃をタダで負担しなければならない(一部には書店からの返品に運賃を取るケースもあるが)。
現在40%を超える返品が発生していることは業界全体の利益を削り取っていることになる。
取次は出版社に取引条件改定を求め、一方書店は粗利を最低3割は欲しい、と思っている。そしてその原資を出せるのは出版社だけである。
出版社からすると書店や取次に利益を割くのは難しい、自社も苦しいのに、勘弁してほしい、が本音だ。よってこの利益配分交渉は遅々として進まない。
合弁会社の機能から読み取る最大の狙い
さてここで合弁会社の機能を見ていこう。
リリースによると
*合弁会社は出版社と直取引をする
*販売数と返品数を出版社とコミットする
*物流は日販に委託する
つまり、紀伊國屋とCCCの店舗に関しては、出版社はこの合弁会社と取引をするのだが、商品は今まで通り日販に入れることになろう。何が変わるのか?
出版社は取引の相手が変わるのだ。
現在、出版社の取引相手は取次であり、書店の取引相手も取次だ。
しかし今回、紀伊國屋とCCCは直接出版社と取引をする。いや、直取引などは以前からある。そう珍しいものでもない。違うのは「日販の物流を使う」ことだ。
この仕組みは何を指すのか?日販は自ら取次が従来から持っている機能のうち2つを合弁会社に与え、日販自体は物流に特化する、を示しているように感じる。
そもそも取次の機能とは
① 物流機能(書籍雑誌の集荷、書店への配送、返品)
② 情報機能(新刊等の出版情報収集と伝達、フェアなどの企画、書店のメンテナンス)
③ 金融機能(出版社と書店に対する支払い、回収)
である。今回の合弁会社の持つ機能は②と③なのだ。言い換えれば日販は合弁会社が出版社と取引する分に関しては合弁会社から物流業務を受託することになる。つまりこの部分においての日販の取引先は出版社ではなく、合弁会社となる。
さて、これをもっと深堀して考えれば、このままでは日販にとってはダブルスタンダードになる。つまり紀伊國屋+CCCは物流の業務受託、残りの帳合書店には今まで通りの業務。多分これはない。(と言うより早く解消したい、と言うところか)
紀伊國屋とCCCの日販における規模を考えれば、日販は物流に特化し(合弁会社からの物流受託に特化する)、他の帳合書店も合弁会社へ参加させる、と言うことになろう。リリースには申し訳程度に「私たち3社の志に賛同いただいた他書店様も合流できる、オープンな仕組みを目指していきます」と書かれているが、元々それありきであろうことは容易に推測できる。
合弁会社スタート後の変化
一旦ここで新スキームの利益配分の予想をしてみる
書店30 合弁会社20(うち物流委託として日販10)出版社50
多分これが最低限のラインで、できれば書店の粗利をもう少し伸ばしたいと考えているのではないか?
現在の形と比べると書店は+7、合弁会社=取次と考えると+12(日販だけで考えると+2)
出版社は-19。どこのためにこの新スキームができたのかは一目瞭然だ。
出版社はそう易々と30%近い利益率のダウンを認めるわけにはいかないだろう。そこで紀伊國屋とCCCの出番になるわけだ。彼らは条件に合わない仕入を拒否することも可能だ。多分日販の帳合書店もそれに参加する可能性が高いので、ある部分「圧力団体」となるだろう。出版社にとっては書店からのプレッシャーが一番つらい交渉になるわけだ。
当然合弁会社としては
*販売数をコミットする
*返品率を下げる
ことをバーターにし、仕入れ条件を5掛け以下にする交渉をするのだろうし、場合によっては支払いのスピードを速くすることも考えられる。
確かにリリース通り「書店が中心になって流通を改革していく」は間違いではない。しかし、今回本当に注目すべきは、日販が自ら取次の役割を変えよう、としたことだろう。従来出版業界の改革は基本、今の仕組みを維持しつつ、が不文律であった。よってダイナミックに変わることはなかった。しかし今回は大きく変わらざるを得ない「仕掛け」が施されている。
そこは評価に値すると思う。
但し、果たしてどういう結果を生み出すかは、各々のプレーヤーがしっかり予測を立て、自分たちが生きる道を考えていくことになろうが、結局は本が必要とされること、必要とされる本を作ること。それに尽きるのではないだろうか。
6杯目
WILD TURKEY 8年
アルコール度数50.5%
きついが飲みごたえのあるバーボン
今回のリリースが単にきついだけのものになるのか?
それとも飲みごたえのある取り組みになるのか?