なぜ世界は突如として物価高になったのか?『世界インフレの謎』(渡辺努)
2022年も残すところあと1ヶ月。
今年は皆さんにとってどんな年だったでしょうか。カタールW杯での歴史的な強豪に対する勝利、ゴルバチョフの死、Tesla社のイーロン・マスク氏のTwitter買収など、誰もが予想がしなかった出来事が今年もたくさんありました。
その中でも、特にこれを読んでいる多くの皆さんにとって影響があったのが、歴史的な円安ではないでしょうか?
今回は、その円安ひいてはそのきっかけとなっていると考えられている世界インフレの原因と日本への影響について書かれた「世界インフレの謎」という本をご紹介します。
1. 世界インフレのきっかけは、ウクライナ危機の前から始まっていた?
よく言われることとして、今回の世界的なインフレはウクライナ危機が原因であると言われています。実際にテレビやネットのニュースを見ると、多くの報道がそのようにされていますが、著者は、最近のインフレがウクライナ進行をきっかけとしたものではないと主張します。
結論から言うと、著者はパンデミック主犯説を唱えているのですが、では具体的にパンデミックによって引き起こされた何が原因となり、世界的なインフレーションに繋がったのでしょうか。
これについては、様々な面から検討できるところなのですが、その1つの見方である「パンデミックによる『健康被害』が、GDPの落ち込みなどの『経済被害』を生んでいる」というシナリオは否定しています。(本主張はIMFが世界中のエコノミストとディスカッションする中で出した結論でもありました。)
特にその主張を支えるデータとしては、下記の168カ国の健康被害と経済被害の相関度を表す図が一つ指標となります。これを会議では、健康被害と経済被害に直結していないのではないかと言う仮説が生まれてきます。
この話の後に続き、著者は同様に政策などによる行政の介入が大きな経済被害に影響したことを否定します。行政の介入の仕方がステイホームの実現を決めているのではなく、人びとは命じられなくても、自ら判断して行動変容を起こしたと言うのです。
結果的に著者は、メディアを通じた情報が行動抑制を引き起こし、行動自粛につながり、その結果、経済活動が抑制されたのでは?と仮説を持ちます。
2.パンデミックが経済被害を引き起こしたのにもかかわらず、なぜインフレを引き起こしたのか?
ここまで読んだ読者の中には、パンデミックは経済被害を引き起こすため、相対的に物の値段が下がり、インフレ率を引き起こすのではないか?と考える方もいらっしゃるかもしれません。実際に2020年にパンデミックが発生したばかりの頃は、対面型のサービス業への需要が落ち込み、各国でGDPが低下し、CPI(消費者物価指数)が大幅に下がったことが観測されています。
しかしながら、2020年9月になるとインフレ率が向上。米国のインフレ予測のプロフェッショナルたちがインフレ率の予測を上方修正することになります。
この謎を解き明かすヒントとして、対面型サービス業に従事する労働者の働き方の変化が一要因となっているのではないか?と著者は主張しています。
需要側としては、ステイホームを余儀なくされた消費者がものを消費するようになる。一方、労働者や供給側としては、パンデミックを機に以前の対面での仕事を余儀なくされる職場からの退職や、工場やコンテナでの閉鎖によってタイムリーな部品調達や工場の稼働が難しくなり、物流が滞ってしまう現象が引き起こります。
最近でも、米Appleの人気のスマートフォン「iPhone 5」を製造する工場で大規模なストライキが起こっていますが、このような生産者不足によって労働環境への皺寄せがより加速し、供給側に従事する人不足に陥っていると言うわけです。
以上のように、構造的な需要の増加と供給不足が、グローバルでのインフレを引き起こしていると説明がつきます。
3.日本経済への中長期的な影響は?
これまでグローバル経済の状況を俯瞰してきましたが、日本国内の経済はどうでしょう。本書ではいくつかその影響や、今後の経済シナリオについてまとめているのですが、その中でも特に面白いと感じた「日本はなぜ賃上げが進まないのか」と言うテーマについて最後に扱ってみたいと思います。
それを説明するために、まずは日本の物価がどのような状況を見ていく必要があります。一般的にも知られれているように日本は多くものを他国からの輸入に頼っています。特に、エネルギーと穀物に関しては多く頼っています。しかしながら、日本の消費者物価指数がほぼゼロで世界でも稀に見る状態といいます。
これは言い換えると、海外からの輸入する物の値段は確実に上がっているのに、それが国内の価格に転嫁されていないことを表します。
これに関しては、著者は他国のデータとも比較した日本の国民の中に根付く値上げ嫌いを要因としてあげています。確かに、サービス提供側としては、「値段を上げると他店舗にお客さんを奪われてしまう」と恐れ、他店と足並みを揃えて値上げをしない作戦に陥ってしまうのは、なんとなくイメージができます。また従来の日本の企業は顧客を大事にする文化が根付いており、原価が多少上がったとしても企業努力で耐えるということをしてきたのだと著者は推察します。
以下のBBCのレポートでも、世界的な野菜や穀物の価格高騰があったとしても、それに応じて販売価格を上げることは値上げ嫌いの消費者の心理を恐れて、価格を上げることができない、とお弁当屋を運営する方がインタビューで答えています。
しかしながらよく考えてみると、供給側の提供価格が上がらないことは、利益=売上-原価と言う会計の基本的な方程式に従うのであれば、結果的に儲ける金額もそれだけ少なくなるという現象になってしまいます。
実際に、1990年代後半を境に、日本の賃金、物価の上昇は米国と比べるとかなり鈍化していることがしたの図でもわかります。
なぜこの時期にとたんとモノの価格、サービスの価格、賃金の3つの動きが停止したのか、それについては、本書の第4章に分析が書かれているのでぜひ読んでみてください。
4.最後に
確実に衰退していく可能性が見える日本経済の今後のシナリオを考えていくことで、なんだか暗い気持ちになってしまうところがありますが、本書を読む中では、私が感じたのはまずは現状を見つめ楽観視せずに、職業人としてできることが何なのかを考えていくことだと思いました。
その上で、まずはどんな状況であるのかを整理し、未来への準備をしていくスタート地点となるような1冊になっています。ぜひ、読んでみてください!
本の紹介は音声でもお楽しみいただけます!
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