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ある夢を見た感想
ーーー先日、AM/大学生さんから3つのお題をいただきました。
今日は2つ目のお題について、拙著をここに公開させていただきます。
「不可逆的なもの、形を捉えられないものは美しい。簡単には得られないそれを私たちは手にしたくなる」
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ある夢を見た感想
ひとりで岩の上を歩いている。
それは小さな石を無造作にかき集めて、重曹かなにかで適当に膨らませたような形をしていた。ところどころ尖っており意地悪だ。ここを裸足で歩かなければならぬ。
足の裏がおかしい。生暖かいコケが吸いついたのだろうか。
いや、それは血だった。いつのまにやら怪我をしていたものとみえる。
不思議なことだが、足に鋭い痛みを感じるほど私は安心感をおぼえる。サボテンの肉を履いているみたい。まるで痛さの代償に、岩が私の身体を持ち上げるのをおとなしく承諾してくれているように感じられるのだ。
私の前には、子どもがいる。思い出した。私はこの子を追いかけているのだった。振り向く。にやりと笑いかける。何が面白いのだろう。
鬼ごっこをしているのだ私は。
あいつを捕えなければ。あいつを喰わなければ。私はみるみる衰えて、醜いジジイになってしまうだろう。口元のシワから足のつま先のイボまで、何一つ美しいものなどありゃしない。ああ、老いが憎い!老いが!!
時間は凶暴である。どうして時間という風はこんなにも乾ききっているのだろう?ああ、あっという間に心が荒らされていく。昨日感じていたことが、今日は何の面白みもないものに成り下がり、やがて少年少女が手をつないで海を見ているような素敵な光景を眺めても「ふん、脳内お花畑の馬鹿どもめ!」とか思うようになるのだろう。
でもここは、この岩の上だけは湿った心地いい風が吹いている。ずっとここにいたいのもやまやまだが、足を滑らせ落ちたらあっという間に死ぬだろう。そして、落ちた瞬間にはどうせ後悔するのだ!
「ああ、何が風だ?何が子どもだ?やっぱりあったかい部屋でコーヒーでも飲んでる方がよかった!」と、こう来るわけだ。
それでも私は命を賭して、あの子どもを捕えるのだ。あれの心を手に入れたい。二度と年老い渇くことのない幼い感受性、形には捉えられないものを何とかして手に入れたいのだ。
物書きたち、映画監督、画家たち、いろんな連中が生きていた。そいつらが生きていられたのは、ひとえにあの子どもの姿を追いかけていたからだ。傑作、感動、涙、これらすべてはあの子の中にある。老いた魂が感動に震えるとき、それは二度と戻れないあの頃の感覚を思い出したときだ。戻りたい。我々は戻りたいのだ。
ほんの一瞬だけ戻れるときがあれば、それだけで我々は幸福である。
ゴミ箱をあさるカラスの眼の中に、いつか見せてもらった両親の結婚指輪にはめ込まれたダイヤモンドを見出せれば、その朝は誰よりも幸福だろう。
だが、戻るためにはやはり危険な岩の上を歩かなければならぬ。歩くものは血を流すだろう。落ちれば容赦なく命を奪われるだろう。
やがて我々が子どもに追いつき、首っ玉にかじりついて彼の魂を吸うとき、我々は水面の上にでも立っているのだろうか。
酔うてこおろぎと寝ていたよ
孤独のにおい
夕暮れめいた光
これは季節か?時間か?
伸びて届く桜の花はつまらぬ
ただ、水気を失っていく
ただ、倦怠は増すばかり
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今日もお読みいただきありがとうございます。皆様の一日が素敵なものになりますように。