いっさくじつのあの日|参照のミ
ああだこうだ、とはどういったものだろうか。
田野畑さんはそう言って殆ど残っていないスープの皿を見つめる。
うす緑いろの綺麗なそのスープは、グリーンピースをたくさん、ミキサーにかけて丁寧に裏漉しした、他愛のない美しいポタージュだ。
向かいに座るこの私は、生まれてこのかた数十年、一度も人を殴ったことのない、他愛のない美しい女人だ。
田野畑さんは続けて言う。
「貴女のその言い分、わたしも理解したいのですよ。ただ、どうにも例え話や指示語が多すぎるのです」
「すると、私が話す内容は、あの時窓の外に訪れたそれらのようなものなのでしょうか」
「と、いいますと」
「そのままの意味ですよ」
私がそう言うと、田野畑さんはまた黙ってスープの皿を見つめはじめたので、私もグラスに浮かぶミントを、ストローで沈めることに専念した。
ソーダの海は、泡ぶいてミントを抱き込んだ。
かつて彼らは人間は海に帰ると言っていたな。
私がミントを沈めるように、きっとそれらも光のオールでこの身を沈めるのだろうね。
「田野畑さん、追加注文をしましょう」
グリーンピースのポタージュを、名残惜しそうに見つめるのをそう解釈し、私は田野畑さんを焚き付けて炭火焼きのカモを注文させた。
炭火焼きのカモの、ピンクの色が、亜の空間を呼び起こさせた。
とたん、右に座るは一角の魚。
左に座るは二つ目の龍。
「田野畑さん、」
呼びかけるも彼女はそこから姿を消していた、別の方へいったのだろうか。
晩に歩く習慣がある。
あたりを見渡すと、急な夕暮れを飛び越えて、晩が来ていた。
一角の魚の鱗を剥いでドレスに仕立てた。
今晩はこのドレスで駆けよう。
二つ目の龍に跨って、空を行く。
並走する。
もどるもどる晩の空。
話の続きを