絶叫時空旅行
ちょっとでいいんだと思いながら、園田はヘアワックスをすくった。そこには想定以上の量がついていた。
同じ頃たみ子は定食屋でお冷やを飲んだ。氷も含んだらしく、二秒後にガリガリっと噛み砕く音がした。
「なんだか少し、もやっとするの」
「もやっと?」
「そう、もやっと」
このときまで二人の共通点は、テレビをつけた空間にいるという点だけだった。
しかし、園田が余分なヘアワックスを手からクリーム容器に、たみ子が砕いた氷を口からコップに戻したとき、一変した。
二人は絶叫時空旅行に出たのである。
それは、まばたきをするために目を閉じた一瞬で暗闇を走るジェットコースターの頂点から急降下するようなものだった。
時折、夜雨にできた、点滅する信号機の映る水たまりのような、色鮮やかな光の糸が、両わきで波うっていた。
わけがわからないと、混乱しかけたところで、二人は灼熱の砂漠に放り出された。
砂漠に放り出されるまで二人は孤独を感じていたため、同じ境遇の人物がいるということに、ひとまず安心した。
現場が灼熱の砂漠でなければ、安心感は継続しただろうがね。
「ここはどこ、私はたみ子。あなたは」
「園田です」
たみ子は足踏みしている。
園田はヘアワックスの注意事項に高温について書かれていたかどうか気になり始めた。
「砂漠だけど、ここ、たみ子的には鳥取じゃないと思うんだよね」
「はぁ」
「多分ね、エジプトよ、エジプト」
あぁ夢なら早く覚めればいいのに、と思ったものの覚めない現実を、園田は受け入れられなかった。
「たみ子さん」
「たみ子でいいよ。かたっくるしいの好きじゃないから」
「じゃあ、たみ子。俺たちは同時に消えたのか」
「何言ってんの」
「同時に、この世から、もうこの世じゃないかもしれないけど、あの世に向かったんじゃないのか」
「幽霊ってこと。そんなわけないでしょ」
「じゃあなんで俺たちはこんな目にあってるんだと思う。たみ子はエジプトの砂漠にいたのか」
「違うわよ。浅草の定食屋で日替わりを頼んで、お冷やを飲んでたわよ」
「俺は、家で身支度をしてた。もちろん砂漠じゃない。いつもの、昼間もやっとを観ながら」
「あんたテレビ、まだ観てんだ。たみ子は最近全然観てない」
鼻で笑おうとしたが、たみ子は、思い出した。
「あ、たみ子も観てたわ。定食屋で」
「じゃあ、あれが、鍵ってことか」
「そんなわけないでしょ」
「そんなわけないってどうして思えるんだ」
「なんで」
「だって、俺たち、やっていけてるじゃないか。灼熱の砂漠で」
「どういうことよ」
「ここは確かに灼熱の砂漠だ。メラメラしてるからね。でも、俺たちは、さっきからたみ子は足踏みをしているが、どうだ。暑いか」
「暑いわよ、そりゃあ」
「本当か。俺は」
そう言うと園田は服を脱ぎ、裸の上半身を砂に滑り込ませた。
「園田、何やってんのよ。サソリとかいたらどうすんのよ」
しばらくして園田は立ち上がった。
「ほらね、無事だ。暑くも痒くも、なんともない」
園田は笑った。
「これから、どうしろって言うんだろうね」