ミカコ
ホーム欄に投稿した作品からセレクトしました。ごゆっくりどうぞ。
エンドレスな悲しみが鳴り響くカフェ『ラタトゥーユ』を作ったと彼が言ったのは3年前。 「SNSで絶対に広めないこと。おしゃべりで広めて欲しい」と無茶なお願いをしてきたものだから、オープン日を知るのは身内だけというようなお店になってしまった。それに加えて「作りはしたけど、作ってすぐの空気ではなくて、3年経過した空気を感じてほしいんだ。みんな注意してくれ。オープンはきっちり今日から3年後だ」という、伝言ゲームの途中に変化しそうだけれど重要な文があったことも、原因として考えられる。
ジーーーーーー ジーーーー 「ちょっと」 「ん?」 「マツリ公園もだったよ」 「ほんと?」 「うん、ほんと」 ジーーーーーー ジーーーー 「どうしちゃったんだろうね」 「ねぇ」 「教わったのと違うじゃんね」 「ねぇ」 ジーーーーーー ジーーーー 「あ」 「ん?」 「いや、でも違うだろうな」 ジーーーーーー ジーーーー 「いや、でもやっぱな」 ジーーーーーー ジーーーー 「あれかもしれないな」 「なんだよ」 「読んだんだよ昔、ちょっとだけね」 「ちょっとだけ?」
「君はジャングルリュックをしょってるか」 期末考査へ向けてピリつく朝の教室に入るなり、井藤は大声をあげた。髪や衣服、そして呼吸の乱れはない。ただ、大声をあげただけなのだ。井藤はそのまま自席につき、放課後までいつも通り静かだった。 みんな気になっていた。だけど言い出せずにいた。なんだか怖かったのだ。井藤の声を聞いたのは久しぶりだったし、今日はあの日だからだ。 「なぁ、ジャングルリュックってなんだよ」 学級委員の自称元ヤンキーである添田は言った。 「お笑いトリオなら知ってる
ちょっとでいいんだと思いながら、園田はヘアワックスをすくった。そこには想定以上の量がついていた。 同じ頃たみ子は定食屋でお冷やを飲んだ。氷も含んだらしく、二秒後にガリガリっと噛み砕く音がした。 「なんだか少し、もやっとするの」 「もやっと?」 「そう、もやっと」 このときまで二人の共通点は、テレビをつけた空間にいるという点だけだった。 しかし、園田が余分なヘアワックスを手からクリーム容器に、たみ子が砕いた氷を口からコップに戻したとき、一変した。 二人は絶叫時空旅
宇宙船に乗って誰にも言えないまま100億光年が過ぎたとして、君は一体どうなっているのだろう。 砂となっていたら、花びらとともに風に吹かれて飛び立つのだろう。 水となっていたら、光とともに海に流れて溶けゆくのだろう。 なんだかわからないことだらけの世の中だから不思議でも全くおかしいことじゃない。 いつか君の瞳を思い出したら宇宙は再び始まるかもしれないね。 その時、この場にいる生命体すべてがいるとは思えない。甲殻類の何かは、いるかもしれないけれど、憶えてないだろうな。 いなくなっ
ジャングルジムを登っただけなのに、ぴーちゃんは江戸時代に来てしまった。 道行く人、みんなが着物を纏い、ザ・江戸って感じを出している。ざわざわとおしゃべりな人が多い。 知らない言葉ってわけではない。なぜならぴーちゃん、最近は歌舞伎にどんはまりだからだ。「八才なのに渋いねぇ」とよく言われる。脳内で自動翻訳され、すべて理解できる。 とりあえず真っ直ぐ歩くことにした。 スズメがチュンチュン鳴いている。 すると背後から呼び止められた。 「ちょっとぴーちゃん、寺子屋はどうした
「いいし、いいし、別にいいし」 ハチがぶんぶん歌う日曜日の昼下がり、カフェテリア「マジカル」の4番テーブルで、ペテン師のイノシシが口を尖らせて言いました。 それを聞いたハートのジャックは泣きました。 「そんな根性だったのですか、あなたは」 「根性論を語ってる暇はないね。もうね、こりごりなんだよ」 「何がこりごりですか。私はあなたをずっと信じて来たんですよ。もう、それこそ何十年も」 「そんなの君の勝手じゃないか」 「そうお呼びにならないでくださいと、随分前にお伝え
スマホで動画をみていたら、水のように冷たい何かが左手にぽとりと落ちた。 液体ではない。濡れていないから。 固体でもない。痛くないから。 もちろん気体ってわけでもない。 私は上を見た。そこには白い天井と、銀の小さなフックがあった。 フックはひとつしかなく、これに引っかけてバランスをとることができるものは限られてくる。 だけど何も引っかかっていない今、問題なのはその奥だ。 天井の奥は屋根裏部屋。 よし、決めた。 屋根裏部屋に行こう。 この部屋にもう二度と帰ってくることはないかもし
「灰色の茨道を目指して地球を救ってみせる」 サスライ先生の学校中に響く声で、コウはビクッと跳ね起きると、すぐさま黒板の上にかかる時計を見た。 5時間目の授業が終わろうとしている。 コウはがっかりした。 ふたご座流星群のピークを見逃したからだ。 「灰色の茨道は、無数の棘が地面を覆っているらしい」 楽しみが去った教室ではサスライ先生の声は耳に入らない。 コウは帰ることにした。 無性にアジのみりん干しが食べたくなったのだ。 急いで3分で帰ってみせようと思った。
少なくなっているかも。 ひなあられがちょびっと、少なくなってるかも。 お飾りしてから数日が経ち、毎分毎秒じっと見ていたわけではなかったから気がつかなかったけれど、おそらく我が家のひなあられは、少なくなってる。 驚いたと同時にホッとした。 ひなまつりだから嬉しいの。 届いてるとわかり、嬉しいの。 誰かに言うのはもったいない。 お雛様とわたしの秘密だよ。 ひなあられって、どうしてこんなに美味しいんだろうね。 (了)
今日はバレンタインデー。好きな人にチョコレートを渡す日です。もちろん、お世話になった人に渡す人もいますし、友だちに渡す人もいます。チョコレートでなくてもいいらしいです。人それぞれです。 さて、紅県おかし町では毎年、チョコレート屋さんの隣にある公園で、多くの愛の告白が繰り広げられます。 愛の告白をするのは、学校でも家でも観覧車のてっぺんでもいいのですが、おかし町に住む人のほとんどは、チョコレート屋さんの隣にある公園を選びます。 こうしている間にふたり組がやって来ました。今日は2
節分と言えば2月3日ですが、今年は違います。2021年は2月2日が節分です。そう、今日は節分なのです。 きのう、小鬼たちは大忙しでした。鬼たちが今年の節分は明日の2月2日だと理解しているか、確認しなければならなかったからです。 「こんにちは」 小鬼の儔亜(じゅあ)は青鬼の家のドアをノックしました。 今時、ラインでメール1つすればいいと思われるかもしれませんが、青鬼はスマホをゲームにしか使いたくない性格なので、用がある場合、このように会って伝達する以外に方法はありま
お正月に贅沢をした体を労るために無病息災を祈って七草粥を食べるのだと、昔、近所のおばあさんが言っていた。そうなのかどうなのかはわからないけれど、そうなのだろう。おばあさんは何でも知っていたから、色々なことを教えてくれた。先生や師匠という感じではなくて、おばあさんはおばあさんだった。多分、みんなが思い描くおばあさんだと思う。おばあさんは、ザ・おばあさんなのだ。 そんなおばあさんがフラフープを教えてくれたときは、驚いた。あれだね、おばあさんをおばあさんだと思い過ぎていたんだろ
12月は毎年、お別れを盛大にされるような遣り場のない淋しさを感じる。 それは、1月から始まった1年が、12月で終わってしまうからかもしれない。 枯れ葉たちの会話が聴こえるからかもしれない。 「寒いなぁ」 「なぁ」 「こんなに寒かったっけ」 「冬だからな」 林にカサカサと凍えそうな風が吹きこむ。 「今年はいつもと違ったよな」 「ん?」 「カラスのトーンが言うには、街に出る人間が少なかったらしいんだよ。ここだって、遠足の子どもたちや焼き芋パーティーのサムが来てねえのに、冬
くるくる回ってる くるくる くるくる くるくる動いてる くるくる くるくる くくるじゃないよ くるくる くるくる このままどこに行っちゃうのかしらん くるくる くるくる くるくる くるくる あ 大空にとけた くくくくくと あ こんばんは (了)
このまま雨は降り続けるのだろう 寒い夜になるのだろう このまま風は吹き続けるのだろう 寒い夜になるのだろう 視線の先には子どもじゃなくて 青い画面 寒い夜になるのだろう いつの間にか消えてしまう 気にもとめず、歩かないで 少し待てば雨は止む 少し待てば、きっと止む (了)