ふらっと
「いいし、いいし、別にいいし」
ハチがぶんぶん歌う日曜日の昼下がり、カフェテリア「マジカル」の4番テーブルで、ペテン師のイノシシが口を尖らせて言いました。
それを聞いたハートのジャックは泣きました。
「そんな根性だったのですか、あなたは」
「根性論を語ってる暇はないね。もうね、こりごりなんだよ」
「何がこりごりですか。私はあなたをずっと信じて来たんですよ。もう、それこそ何十年も」
「そんなの君の勝手じゃないか」
「そうお呼びにならないでくださいと、随分前にお伝えしたじゃありませんか」
「そんなの忘れたね」
イノシシはオレンジジュースをひとくち飲みました。
「私はあなたの命令でいくつもの花をむしりました。すべて、とても美しい花でした」
イノシシは窓の外に目を向けました。
ハートのジャックはうつむきました。
「それじゃあ、もう行くよ。なんだか今日は暑すぎる」
店には窓から柔らかな光がさしこみます。
ハートのジャックは拳を握りしめ、オレンジジュースが残ったグラスの縁を見て呟きました。
「勝手にしたらいいさ」
「うん、そうさせてもらうよ」
すると、イノシシが席を立つと同時に、オレンジジュースがイノシシにばしゃっとかかり、空になったグラスが床に転がって砕けました。
イノシシは甘い香りを放っています。
「ジャック、君は自分が何をしたのかわかっているのかね」
「あぁ、わかっているさ。もう、おしまいだよ」
ハートのジャックはそのまま店の出入り口まで歩き、ドアを開けました。
イノシシは顔を真っ青にしました。
からんころんというドアベルの美しい音色とともに、たくさんのハチが真っ直ぐ、イノシシをめがけて入ってきたのです。
店内には竜巻が起きました。
ハートのジャックは笑っています。
「花がなくなってしまったんだ。なんて、かわいそうなんだろう」
店員さんは大慌てで裏口や窓から逃げます。
数分後、店内には、ハートのジャックの笑い声だけが残りました。
その笑い声はカフェテリア「マジカル」が閉店し、公園になった今もなお、響いています。
(了)