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クロスワードのマスに「でじる」って?

 現役時代、仕事でクロスワードを作っていたことがある。某誌では、縦も横もそれぞれ9マスという比較的小さなものだったが、他の媒体では縦横それぞれ20マス程度のものを作ったこともあった。
 クロスワードには一定のルールがある。言うまでもなく、私がときどき使う下ネタ寄りの言葉や、差別につながるような公序良俗に反する言葉は使えない。そして、基本的には名詞のみを使うことになっている。

 縦でも横でも、言葉の境には黒マス(私は勝手にベタと呼んでいた)が入るが、縦横の別なく二つ以上連続してはならない。斜めであれば連続してもいいが、全体の盤面を分断する形で連なってはならない。
 黒マスは少ないほうがいい。マスの総合計の20パーセント程度に抑えれば世に出せるレベルといえる。素人や語彙の乏しい人が作ると、当然黒マスが多くなってしまう。
 私が作っていたのは縦横それぞれ9マスだったから全体で81マスだ。したがって黒マスは16以下が望ましいことになる。少し自慢させてもらえば、私は常に13とか12で、余裕でクリアしていた。13とか12までになると、そこからひとつ減らすのはきわめてむずかしくなる。

 白マスに入れる言葉を選ぶのもむずかしい。専門的な学術用語や業界用語などはタブーだ。なるべく知られている言葉を選ばなければならない。
 俗にいうカギ(ヒント)を作るのも少々厄介だ。簡単すぎればすぐに解けてしまうし、むずかしくすれば解けなくなる。読者は中学生くらいから高齢者までで、性別も職業も千差万別なのだ。

 で、これまでは前置き。長くなってしまったが、クロスワードの性質を知ってもらうこと自体おもしろいと思うし、それがこれから述べる本稿のテーマをより楽しんでもらえることにつながると思っての所業なのでご容赦を。

 さて本題。その某誌が、外注費を節約するために、私が制作していたクロスワードを自社の女性スタッフに制作させることにした。
 だからといって私はそのクライアントと縁が切れたわけではなく、それ以後ずっと、彼女が作るクロスワードのチェックを依頼された。つまり、世に出す前の〝検品〟だ。私はそのクライアントからほかにも仕事を受けていたので〝特別ご奉仕〟で引き受けた。
 前述のように、彼女は素人なので質の低下は避けられなかった。

 あるとき、チェックしていたら間違いを見つけた。白マスに入れる言葉のひとつを間違えていたのだ。この間違いは、彼女が社会に出てからずっと、「出汁」(だし)を「でじる」と誤って覚えていたことによる。
 「だし」は、もともとは「出し」(だし汁の簡略)と表記するが「出汁」でも立派に通用する。問題は読み違いだった。彼女はだしの漢字表記を「出汁」と記憶していた。そこまではいいが、その読みを「でじる」と思い込んでいたのだった。

 とにかく、そのクロスワードの白マスの中には、本来なら「だし」と入るべきなのに「でじる」と入れるようになっていた。当然ながら、空白の白マスは3個並んでいた。「だし」と入れれば1個余ってしまう。
 その一方、カギの文章は「だし」を意味するものになっているから、読者(解答者)は「だし」と入れたい。しかし、白マスは3個だから合わない。
 私は彼女にその旨を電話で伝えた。彼女は、クロスワードの間違いと、自分の知識の浅かったことに対して動揺とショックをあらわにしていた。

 クロスワードは、多くの場合、一文字違っただけでかなり広範囲に作り直すことになる。幸運な場合は間違った一文字を単純に差し替えるだけで済むこともあるが、そういうケースは少ない。
 この「でじる」の場合は文字の数も違うし、そもそもでじるなどという言葉自体がない。

 作り直すとなると広範囲に渡って文字群が崩れることになる。ドミノ倒しのように次々と崩れていく。修正するよりは新しく作り直すほうが早い場合もあり得るのだ。
 私が検品してミスを発見できたからよかったが、ノーチェックで発行されていたらどうなっていたのだろう。
 彼女にとっては苦い〝だし〟になってしまった。

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