話で腹が張る
〔解説〕
あまり知られていないが、昔から「話では腹が張らぬ」という、口先だけの人物に皮肉を込めて言うことわざがある。あまりにも明快なので説明するまでもないが、以下のような意味だ。
「どんなに旨そうな料理であろうと、話を聞かされるだけでは満腹にならない」というものだ。そのことから、「話を聞かされるだけで、実行が伴なわないなら何の利益も得られない」という教えにもつかわれる。
発行人は、現役時代にこの経験をしている。代理店を介して料理の本を制作することになった。本の著者は和食の料理人だった。
ところが、いざ制作にはいると直しが頻発した。しかも、こちらの非ではなく、先方都合の自分勝手、わがまま言い放題の直しだった。常識をはるかに超える回数だった。
著者は代理店に平謝り、代理店は私に平謝り。そのとき私は、代理店の担当者に「いくら謝られても腹の足しにはならないですよね」と口に出し、担当者と二人であきれていたのだった。
このときの私は「話では腹が張らぬ」ということわざを知らなかったが、知っていればそれを口に出していたはずだ。
(注/ここまではパロディーではない)
〔さらに解説〕
その逆を言ったものが「話で腹が張る」だ。意味はだいたい察してもらえると思うが、「なんども聞かされてもうたくさん」などという場合につかわれる。ほかに、のろけ話や自慢話などに対してもつかわれる。
「このあいだ行った店、すげえ旨かった。こんどおごるから行こうぜ」
「おめえ、いつも口だけじゃねえか。話だけで腹が張ったぜ」
のろけ話でも派生型がけっこうつかわれる。
「彼、とっても優しくて、あたしが言うことをなんでもきいてくれるの」
「どうもごちそうさま」
というぐあい。
では街頭インタビュー。
25歳(女)主婦
「わたし、先月出産したんですけど、最近胸が張るんですよ。え? 話が違います? ああ、腹の話ですか。産まれるまでは張ってましたよ。え? これも違いますか。すいません」
38歳(男)自営業
「きみかわいいね、どこのメディア? 結婚してるの? おれ、半年前に離婚したんだけどさ」
56歳(男)会社役員
「腹も張るし、肩や腰も張りますよ。張ってほしいのに張らないところが一か所ありますけど。最近カミさんが、え? あ、関係ないよね。あはは」