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〔ナンセンス劇場〕凡才バカ凡、サンマを買いに行く

「やあ、銀さんおはよう」

「おや、凡ちゃん、おはよう」

「こんなとこで何してるんだい」

「こんなとこって、ここはおれの店じゃねえか」

「ふふ、言ってみただけだよ」

「朝っぱらからおとなをからかっちゃいけねえや。今日は日曜で学校が休みなんだな」

「日ごろの行ないがいいからね」

「そういうひょうきんなとこは親父によく似てるな」

「銀さんの親父にかい」

「おれの親父に似てるわけねえじゃねえか」

「還暦にもなって真に受けたのかい。案外うぶだね」

「相変わらず口が減らねえなあ」

「口は減らないけど腹は減るというのがおれのモットーなんだ」

「なんだいそりゃ。モットーの意味が違わあ。所詮六年生だな」

「ところがどっこい。日ごろの努力が実って来年は中学生だよ」

「そりゃたいしたもんだ」

「お、真に受けないね」

「受けるもんか」

「おれの冗談に免疫ができてきたんだね」

「なに言ってやがる。ところでどうしたんだい。朝っぱらから」

「なんだと思う」

「母ちゃんに買い物頼まれたんだろ」

「どうして知ってるんだい。おれと母ちゃんの話を盗み聴きしてたんだな」

「なんだいそりゃ。凡ちゃんがおれんとこに顔を出すときはいつも母ちゃんにお使い頼まれたときじゃねえか」

「ふうん、頭が冴えてるじゃないか。魚屋だからしょっちゅう青魚を食ってるんだな」

「魚はよく食うさ」

「売れ残りをだろ」

「売れ残りってこたあねえや。凡ちゃん、いま青魚だの頭が冴えてるだのって言ったけど、青魚が体にいいってこと知ってるんだな」

「さすが銀さん。よくわかったね」

「誰だってわかるよ」

「昨日ね、隣のおばさんが母ちゃんに、青魚にはPTAやDVDっていう、体のためになる成分がたくさん入ってるって言ってたんだよ。で、サンマをたくさん食べたほうがいいって」

「PTAやDVDじゃなくてEPAやDHAだろ」

「よく気づいたね。PTAやDVDを食ったら腹をこわしちゃうよね」

「そういう問題じゃねえや」

「隣のおばさん、もしかしたらEPAとDHAの回し者かもしれないし」

「なんだい、そりゃ。おめえ、こないだもおれのことを学者の回し者だの魚の回し者だのって言ってたけど、EPAやDHAの回し者なんて、よけいわけがわからねえや」

「ふふ、おれの言うことを真剣に受けとめちゃだめだよ」

「おめえの頭んなかもわけがわからねえ」

「ああ、ちょっと前置きが長くなっちゃったな」

「なんだい、いままで前置きだったのかい」

「いいじゃないか。おれは日曜で学校が休みだし、銀さんは店が暇だし」

「暇じゃねえや。凡ちゃんといっしょにしちゃいけねえや」

「それにさあ、こうして近所の住人同士でコミュニケーションを図るのは大切なことなんだよ」

「一丁前のことを言うじゃねえか」

「ふふ、おれをあなどっちゃいけないよ。来年四月には中学生なんだから」

「そんなことを言ってるから前置きが長くなるんだ」

「そうだよ。しっかりしておくれよ銀さん」

「あれ、人のせいにしてやがら」

「それで本題だけどさ、若くて美しい母ちゃんがね、凡、魚銀に行ってサンマを買ってきてちょうだいって言ったんだよ」

「若くて美しい母ちゃんが」

「否定するのかい」

「そんなことはねえさ。この界隈じゃたしかにダントツの美人だな」

「サンマを値引きしてくれるかい」

「なんで値引きにつながるんだい」

「特に意味はないよ。還暦なんだから細かいこと言わないでよ」

「そうやって言いくるめるんだからうっかりしてられねえや」

「母ちゃんはサンマを五尾って言ってたけど、五匹にしてよ」

「五尾も五匹も同じだよ」

「おれ、尾より匹のほうがいいんだ」

「数は同じなんだから、単位なんて好きな呼び方でいいんだよ」

「好きな呼び方でいいって、魚屋なのにポリシーがないね」

「なに言ってんだい。魚の単位にポリシーなんかいらねえや。ほら、五匹でパックになってるのがあるからこれでいいだろ」

「おれが五匹買いにくるって知ってたのかい」

「いつもいろいろなパックを用意しとくんだよ。ほら、二匹とか三匹のもあるだろ」

「用意周到だね。きっとEPAとDHAの効果だ」

「そうかもしれねえな。凡ちゃんもうんと食ったほうがいいぞ。そうすれば来年は中学生になれるから」

「あ、おれを小ばかにした。でも、値引きしてくれるから許してあげるよ。ところで銀さん、このサンマ、新鮮だろうね」

「あたぼうよ。凡ちゃん、ちょっと頭を見てみな。おれの頭じゃねえよ。サンマの頭だよ」

「どうも変だと思った」

「ほら、サンマの体全体から見ると頭が小さく見えるだろ。こういうのは脂がのっててうまいんだよ」

「銀さんの腹もずいぶん脂がのってるようだね」

「なに言ってやがる。メタボじゃねえぞ」

「ふふ、六年生に反論したつもりなんだね。還暦のおとなが」

「それでな、サンマの腹だけど、皮が白くてきれいに光ってるだろ。こういうのが新鮮なんだ」

「なるほどね。人間もサンマも、腹が黒いのはだめってことだね」

「しゃれたことを言うじゃねえか」

「このサンマを見てたら、EPAとDHAが頭にしみこんだのさ」


   (おあとがよろしいようで)








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