〔ナンセンス劇場〕凡才バカ凡と魚屋銀さん
「いやもう、毎日暑くてまいっちゃうなあ。なにこの暑さ。今年の天気って変態じゃないの。あれ? あそこにいるの、魚銀の銀さんじゃないか。ちょっと暇つぶししていこうかな。やあ銀さん」
「おう、凡ちゃん。珍しいな、凡ちゃんが公園に来るなんてさ。暑さでおかしくなったか」
「こりゃご挨拶だな。おれだって公園くらい来らあ。銀さんこそどうしたんだい。犬みたいなの連れて」
「犬だよ」
「やっぱりね」
「やっぱりねじゃねえよ。これ、シェパードだよ。牛にでも見えるかい」
「あはは、牛に見えるわけないじゃないか。どう見ても犬だよ」
「なんだい、さっきは〝犬みたいなの連れて〟なんて言ってたくせに」
「冗談に決まってるじゃないか。いい年こいて冗談もわからないのかい」
「いい年こいてって。相変わらず何か抜けてるな」
「いいじゃないか。少しくらい抜けてたってさ」
「だいぶ抜けてらあ」
「ところで銀さん、なんで昼間から公園になんかいるのさ。店がつぶれちゃったのかい」
「ばか言っちゃいけねえや。勝手につぶさねえでくれ」
「冗談に決まってるじゃないか。いい年こいて冗談もわからないのかい」
「さっきと同じセリフじゃねえか」
「ところで銀さん」
「なんでえ」
「ふふ、呼んでみただけ」
「なに言ってやがる。おめえはそんなふざけたことばかり言ってるから進歩しねえんだ」
「じゃあ、なんかいい話はないかい。誰かが百万円くれるとか」
「ばか言ってんじゃねえや」
「言ってみただけだよ」
「あきれすぎて感心しちゃったよ」
「ふっふっ、いくら褒めても何も出ないよ」
「おめえの思考回路、ストレスフリーでうらやましいよ」
「冗談はさておき」
「なんだい急に。びっくりするじゃねえか」
「本気でさあ、なんか役に立つ話ない?」
「役に立つだと? やっぱり暑さでどうにかなったのかな。まあいいや。じゃあ、魚の栄養の話でもしてあげようか」
「かたじけねえ」
「なんだい、時代劇みたいな返事しちゃって」
「昨日の晩、テレビで『見よ肛門』っての観たから影響されちゃったんだな」
「水戸黄門じゃねえのか」
「冗談に決まってるじゃないか。いい年こいて冗談もわからないのかい」
「また言ってやがら」
「あれ? えーと、これ、シェパードって言ったっけ、この、犬みたいの」
「だから犬だよっ」
「そうだよね。たしか銀さんそう言ったと思ったんだ。おれの記憶力もまんざらじゃないね」
「おめえ、どんなアタマしてるんだよ」
「こんな頭だよ」
「うわっ、寄るんじゃねえ。気色悪い」
「銀さん、こまめに水分を補給したほうがいいよ」
「何言ってやがる。おめえは頭に栄養を補給したほうがいいぞ。おめえの頭だって魚を食えば少しは良くなるってもんだ」
「良くなるだって? 魚を食えば、おれの頭が?」
「なんでいきなり倒置法になっちゃったんだい。やっぱり暑さのせいかな。まあいいや。これからの時期はさ、魚に脂がのってな、栄養素が増えたり味が良くなったりするんだ。だから凡ちゃん、魚を食ったほうがいいぞ」
「あれ、ちゃっかり自分ちの宣伝してらあ」
「別に宣伝してるんじゃねえんだ。オメガ3脂肪酸って知ってるかい」
「おめえが3人死亡したって?」
「やっぱりそんなこった」
「冗談に決まってるじゃないか。いい年こいて冗談もわからないのかい」
「詳しく教えたところでどうせ覚えちゃいねえだろうけど、要するにな、このオメガ3脂肪酸ってのを摂るってえと、脳の機能が向上するんだ。簡単に言えばアタマが良くなるんだ」
「銀さん、学者でもないのに良くそんなこと知ってるじゃないか。もしかしたら学者の回し者なんじゃない?」
「なんだい学者の回し者って。意味わかんねえや。まあいいや。それでな、脂が多い魚を食うんだ。オメガ3脂肪酸ってのは魚脂に含まれてるから、とりあえず魚を食うってことだ」
「ふうん。よく知ってるじゃないか。まるで魚屋だ」
「もうその手には乗らねえぜ。どうせ〝冗談に決まってるじゃないか。いい年こいて冗談もわからないのかい〟って言うんだろ?」
「ふっ、なかなか賢いね。見かけによらず、銀さんは、って、また倒置法」
「見かけによらずってなひと言多いや。おれは調理師の資格だって持ってるんだぜ」
「ここぞとばかり自慢してやがる」
「話のついでに言っただけだよ。それでな、魚脂を豊富に摂るとだ、年を取っても脳の萎縮を抑えたり、認知症を予防したり、脳の血流を向上させたりするんだ。まだあるぞ。思考力や反応が向上するし、睡眠の質が向上するとも言われてるんだ」
「今度は魚の回し者になったな」
「なんだい魚の回し者って。魚がおれを回し者にしたって自分の首を絞めるだけじゃねえか。凡ちゃん、やっぱりおめえはもっと魚脂を摂らなきゃだめだな」
「頭が良くなるならさ、その、なんてったっけ、おめえがどうしたってやつ」
「なんだい、おめえがどうしたってのは。オメガ3脂肪酸だよ。だけど、肝心なのは魚脂全体だよ。オメガ3脂肪酸だけを抜きだして食うなんてのはできねえんだからさ」
「魚ならなんでもいいのかい」
「まあだいたいなんだっていいけどさ、オメガ3脂肪酸に限って言えばまずはサバだな。あとはマスとかサーモン、ビンナガマグロ、イワシってとこかな」
「トップはサバかあ。サバだ、サバダバダ、サバダバダ」
「こんなにばかだったかなあ」
「そう言えば秋サバって聞いたことがあるな」
「あれ? まともなことも少しは知ってるんだな。ちょうど今頃、10月あたりからサバが旨くなるんだ」
「サバは傷みやすいっていうじゃないか。銀さんとこで売ってるやつ、腐ってないだろうね」
「人を見てものを言いやがれ。おれんちの魚なんぞみんなぴちぴちしてるから、昨日なんか何匹も飛び跳ねながら通りへ出ていっちまった、って言いてえくれえだ」
「なんだ、ほんとに通りへ出て行ったのかと思った」
「まあ、凡ちゃんの言うように、サバは〝サバの生き腐れ〟なんて言われるけど、たしかに傷みやすいんだ。自分の内臓に含まれている消化酵素があまりにも活発なために自己消化を起こしちゃうんだ」
「よほど食いしん坊なんだね。自分を消化しちゃうなんてさ」
「いや、別にそういうわけじゃねえんだけどさ」
「サバを読むってどういうこと?」
「サバってのは傷みやすいもんだから、数えるときに早口で数えられたんだ。で、結局実際の数とは合わなくなっちゃうんだ。それで、いい加減に数えることを言うようになったってわけさ」
「なるほどね。銀さんいま何歳?」
「先月で還暦だ」
「へえ、還暦にしちゃ若いね。どう見ても30歳そこそこだね」
「ひっひっ、凡ちゃん、いくらなんでもそりゃサバの読み過ぎだよ」
「冗談に決まってるじゃないか。いい年こいて冗談もわからないのかい」
(おあとがよろしいようで)