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ひとり旅でもひとりじゃない
「クロッカスが咲いちゃったよ」と言って、母はこっそり涙をぬぐった。
な、な、何? 今、旅から帰っただけなのに。
大学生の時、どうしても流氷が見たくなった。
初めての北海道、しかも真冬の。スキーをするでもなく、ただただ流氷を見に行く。節約の旅だから宿泊はユースホステルの予定だし、大まかなスケジュールしかたてず、気分と状況次第で決めようと、初日の宿泊しか予約していなかった。
そんな適当な旅を母は心配していたのだろう。
わがままな私とちょっと口うるさい母とはあまり仲良しではなかったし、家ではよくケンカしていた。そんな母が、私が旅から帰っただけでまさか泣くなんて。
父は「お母さんはずっと、クロッカス咲いちゃう、咲いちゃうって言ってたんだよ」と言った。「早く〇〇が帰ってこないと、クロッカスが咲いちゃうって、ずっと」と。
確かに、部屋でクロッカスを水栽培していたから、咲くのを楽しみにしてはいたけれど。旅に出ている間に咲いたとしても大して気にはしない。
それなのに。
だけど・・・母の気持ちがよく分かった。
いつもケンカして言い合いばかりだけれど、旅に出ている私を心配していたのだ。ずっとずっと心から。普段はそんな素振りも見せないけれど、本当は心から私のことを気にかけていてくれていたのだ。
そして「心配していたよ」と言う代わりに、「無事帰ってきてよかった」と言う代わりに「クロッカス咲いちゃったよ」と言って、こっそり涙を拭いたのだ。
ありがとう。お母さん。
旅、楽しかったよ。節約の旅と言いながら、贅沢に海産物食べてきたよ。ウトロから出した絵はがき着いてる? 今度一緒に行こうね。
程なくしてクロッカスは満開になった。
そして、大学を卒業した私は新たな生活を始めた。
やがて母は病気になり、もう二度と帰って来られないところへ旅立ってしまった。
お母さん。
私は今でも適当な旅してるよ。
どこにも行けなかったお母さんの分もね。
今、クロッカスは庭に植えている。
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