1.ユーコンより
お元気ですか?
今、僕は雪の原野に来ています。滞在しているロッジは原生林に囲まれた平地にポツンとあります。もう本当にポツンと、という表現でしか言いようがないくらいの佇まいです。それでもこの小さなロッジは、寒さを物ともせず勇壮にたっているのです。
前も後ろも、右も左も、白樺の森です。どこまでもどこまでも続く白樺の森は、行進の途中で凍ってしまった音楽隊のように微塵も動かず、それぞれの楽器を携えずっと行列したまま立っています。時折、風が音を運んでくる以外、静かな静かな森です。この森が夜になると、どこかに秘密を隠しているように人々を拒むのです。目に見えないものたちや獣たちのみが入れる世界に変容するのです。
大地には雪が積もっていて、どんなに暖かい日でもそう簡単には融けません。手に取ればさらさらと風に飛ぶキレイな粉雪ですが、堅く踏ん張るつぼみがやっと緊張をとき、弱弱しい若芽をいよいよ伸ばそうかというころになってようやく緩み、小川をつくり、待っていたかのように大河ユーコンへ流れていきます。
長い長い冬なのですが、ここに暮らす人々は春が待ち遠しいようには見えません。雪と森と犬ぞり。もう、これしかないような世界なのですが、とっても豊で、満ち足りて穏やかな日々を暮らしているのです。
真夜中、僕はたったひとりで原野の真ん中に立ってみました。
右も左も前も後ろも、夜は真っ暗な森。大地には雪。空を見上げるとたくさんの星々がきらめいています。日本では見えない星も見えます。遠くで遠吠えが聞こえました。きっとソリ犬でしょう。
でも、僕には、この雪の大地で雄々しく生きるオオカミの遠吠えのように思えました。
すると、遠吠えに呼応するかのように星空が揺れました。
あっ
それはまるで、黄緑色の水が天空を流れていくようでした。
ゆらゆら、ゆらゆら。川筋を変えながら、柔らかく、時に慌ただしく、黄緑色のオーロラが揺れているのでした。
薄くなったり、濃くなったり、消えたり、また現れたり。
遠吠えの指揮でオーロラが踊ります。
僕が初めて見たオーロラです。
今、振り返ると、僕は今までよく生きてきたなぁと思います。よく頑張ってきた。そう思います。一匹狼の遠吠えのように。
そんなに頑なでなくていいのです。ここの人たちのように、少ない荷物でも大きな幸せが掴めるのです。
原生林に囲まれた真夜中の雪原の真ん中でひとり、夜空を見上げ、初めてのオーロラを見た僕は、それでも寒さをものともせず勇壮に立って、自分の道を歩いていこうと思います。
それでは、また。旅の途中でお便りします。