美しい箪笥
子どもの頃、ブラウン管にそのコマーシャルが映ると、一切の動きを止めて見入っていたことを覚えています。
それというのは・・・
大原麗子さんのウイスキーのCM!
(貼っていいのかわからないので、検索一覧を↑↑↑)
「すこし愛して、ながく愛して」でおなじみ、サントリーレッドです。
自分勝手な夫に振り回されて、腹を立てながらもホットウイスキーを用意してその帰りを待つ妻。
令和の世なら大炎上しそうなストーリーですが、昭和の子どもだった私も、可憐で健気な大原さんになんてことすんだと思いながら、当時、見ていました。
それでもこのコマーシャルが好きだったのは、映像の美しさに心奪われたから。
美しい大原さんが怒ったり笑ったりしながら動き回る部屋は、静謐な雰囲気の和室だったり、モダンであたたかみのある洋間だったり。
一見雑然としているようで、実は調和のとれている家具・調度品の配置が昔のテレビの画面にぴったり納まっていて、まるで、よく出来た<ドールハウス>を眺めているようなワクワク感があったんです。
もっと大きくなってから、そのコマーシャルの監督が市川崑という人物であることを知りました。
そうです。
横溝正史の金田一耕助シリーズを監督した市川崑 監督です。
私は、ミステリを好んで読む割に、あまりその系統の映像作品を見ることがありません。
残酷なシーンを生々しい映像や音で再現されるのが苦手なので。
(「文章」なら自分で抑え気味に想像できるので大丈夫なんですが)
で、角川/東宝映画の金田一シリーズにも怖いイメージ(スケキヨ~)があったので、見ることはないだろうと思っていたのですが、ある時、たまたまテレビで放送していた作品を見た所、思いのほか感動してしまって、その考えも変わってしまいました。
感動したというのは、その映像の美しさについて!
あのコマーシャルと同じ監督の作品ということを知った時、ああ、そういえば、箪笥の美しさが同じだったな、ということを思い出しました。
そう、家具・調度品がまるで生きているかのように存在していて、俳優さんに負けないくらいのオーラを放っているのです。
凄惨な事件を引き起こす田舎の旧家は暗く澱んで陰湿ですが、その室内を捉えた映像は不思議と美しい。
全部に焦点が当たっているというか、細部まで手を抜いていないというか、<麗子像>で有名な、岸田劉生の絵を思わせる不気味な美しさを感じます。
その美しさに心を奪われて、残酷なシーンも乗り越えられたくらい。
ちなみに、その映画というのは、「病院坂の首縊りの家」のこと。
(タイトルがあれなので、原作も読んだことなかったです)
佐久間良子さんが綺麗、畳が綺麗、床が綺麗、家具が綺麗。
なにもかも綺麗だからこそ、結末が余計に哀しいという。
というか、哀しみさえ綺麗に思える。
ラストシーンの、佐久間さんのこの世のものとは思えない美しさがいまだに忘れられません。
ところで、ミステリに美女が付き物なのは、ミステリが<様式美>を追求する文学だからだという話を聞いたことがあります。
確かに、そうであるなら、箪笥も俳優も美しく撮る市川監督は、これ以上ないミステリ映画の作り手ということになります。
しかも、その細やかさが、横溝の緻密なプロット及び端正な文体と相性が良い。
(実際、原作者の横溝正史が奥様と共にカメオ出演するくらいだから、原作との多少の相違はあれ、映像作品として認められていたのでしょうね)
個人的には、日影丈吉の短篇「ひこばえ」を市川監督で見てみたかったな、と思います。
ミステリというよりも静かなホラーといった風情の物語なのですが(←家がそこに住む人の精気をどんどん吸っていく話、ひゃ~)、ある意味、家が主人公なので、家を美しく撮る監督の手にかかったら、すごく見ごたえがあったことだろうと思います。
とはいえ、市川ワールドは、全てのミステリに合うというよりも、横溝タイプのミステリだからこそ、はまったような気もしています。
なぜかというと、乱歩だったらどうか、となると、ちょっと違うような気がするんです。
静謐すぎて、独特な風味が消えてしまう。
その風味というのは・・・
エロ・グロ・ナンセンスでいう所の<ナンセンス>さ。
外連味。
駄菓子感。
(悪口みたいですけど、私が気に入っている所です)
ところが、それを映像でばっちり表現している(個人的にグッド!と思っている)テレビドラマシリーズがあったりします。
井上梅次 監督の「江戸川乱歩の美女シリーズ」です。
これについては、長くなりそうなので、また別の項で。