マイフェイバリット探偵小説 昭和初期篇【8】
どちらかというと、探偵小説より科学小説の分野で有名で、現在では<日本のSFの祖>と称されているこの方…
海野十三(1897-1949)
大学で電気工学を学び、逓信省の電気試験所に勤めながら小説を書いていたという理系の作家です。
役所は副業禁止だったようで、身バレしないように海野十三以外にもペンネームを多数使用していたそうです。
調べると色々出てくるんですが、個人的に私が好きなのは、蜆貝介という名前。なんでしょう、このそこはかとなく漂うユーモアは。
現在出版されているものは全て海野十三で統一されているようです。
私が初めて読んだ海野作品は、「電気風呂の怪死事件」(1929年)でした。(これはちなみにデビュー作とのこと)
この作品は、<ちくま文庫>の「怪奇探偵小説傑作選5海野十三集」に掲載されています。
そして我らが<青空文庫>にも。
今でも健康ランドとかに行くとよくあるビリビリの電気風呂。
その電気風呂で起きた感電事故を発端に、殺人事件が発覚します。
もちろん、電気風呂で感電することなんてないのですが、とある仕掛けによってお湯に電気が流れ出す…という所が電気工学専門の海野ならではの展開。
今だったら、そんなに目新しいものでもないですが、当時の日常生活において身近に感じる科学技術などそう多くはなかっただろうから、おおっ!となったんじゃなかろうかと思います。
というか、電気の知識を探偵小説に持ち込む発想が斬新だったのでしょう。
今読むと、確かにものすごくレトロな科学です。
でもそのレトロさが、古いもの好きの私にはとても心地よくて、例えるなら、<おばあちゃんが捨てずに何十年も保管していたその当時の最新の家電カタログを眺めている時のときめき>みたいな感じでしょうか。
最初の方に理系の作家と書きましたが、彼のミステリにおいて、謎解きの過程はものすごくアクロバティックというか、力業だったりします。
論理的な道筋で、こうなってああなったからそこにたどり着いたというよりも、突飛なSFの世界観で一気にねじ伏せちゃえ!みたいな。
だから、本格推理を期待して読むと、ちょっと肩透かしをくらうことになるかもしれません。
ただもう、そのレトロなSFの雰囲気は、今の世にない面白さです。
夏休み前の「小学○年生」の特大号の付録についてくる別冊漫画のワクワク感というか(中高年にしか通じないですね)、SFというイメージの中で、男子たちが夢中でごっこ遊びに興じている感じというか、とにかくもう自由。
そんな海野ワールドが炸裂しているのが、名探偵<帆村荘六>シリーズ。
ほむらそうろく。
ほーむずしゃーろっく。
(シャーロック・ホームズのもじりとかいう話)
帆村シリーズの傑作集は、<創元推理文庫>から二冊出ていますが、もう絶版になっているようです。(2024年現在)
その中から取り上げるのは「蝿男」(1937年)という作品。長篇です。
<青空文庫>版を貼っておきます。
昭和初期の大阪を舞台に繰り広げられる怪人蝿男との死闘!
乱歩の少年探偵団シリーズに出てきそうなタイトルですが、それとはまた全然違う味わいの作品です。
事件自体は血生臭くて残酷なんですが、全体的に滑稽味があって、笑わそうとしているのか、結果的にそうなっちゃったのか、どっちでもあるのかもしれませんが、「なんじゃこりゃ!」なエピソードが続き、でも読み終わる頃にはその世界から離れるのが惜しいような気持ちになります。
その時、頭に浮かぶのは、子どもの頃の夕暮れの景色。
当時、夕方になると自分が生まれる前にやっていたような古い古いアニメの再放送が、毎日のように流れていました。
色々突っ込みながらも、気が付けば熱中して観ていた昔のアニメ。なんだか、その感じを思い出すのです。
<日本のSFの祖>なのだから、当然その後の漫画やアニメにも影響を与えていたのでしょう。もしかしたら私、知らず知らずに子どもの頃から海野ワールドに浸っていたのかもしれません。
(つづく)