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今朝の出来事

 尿意に促されて覚醒して、いつもよりも目がすっきりしていたのでそのまま階下に降りた。廊下にあるはずのスリッパはなくて、母がトイレに行っているのだな、と思った。茶の間の掛け時計を横目に二階に戻り、ろくじまえ、と呟く。
 窓の外でさわさわ音がする。雨が降っていた。
 階下の気配を探りながら寝転んでいると、はっきりと感じていたはずの尿意は消えていった。

 人に好ましいと思われている気がすることが増えたように思う。あるいは、好きだとかいいねとか、実際言われることが増えたのかもしれない。
 その私は、今は静かに眠っていて、別の私の声がした。嘘ばっかり、いい顔をして、と。
 ふと思う。もしかすると、私はバランスを取ろうとしているのではないか。どうしようもなく昏い私を打ち消すために、明るい私を創り出すことで。それはまるで、油で油を拭き取るかのような、気味の悪さだ。でもだからいつも、よい私は偽物のような気がしているのではないか。
 背中が冷たくなるのを感じた。その境界は越えてはならないと私が察知したようだった。

 そんなことを眠りと覚醒の狭間でぼんやり考えていたら、枕元でちりんとひとつ音が鳴った。今日はこないだろうなと思っていたショートメッセージだった。送り主は昨夜電話で話をしていた人で、今日の予定が天気のせいで崩れたことを知らせるだけの内容だった。彼とは何故か、毎週金曜日の夜一時間だけ、電話をしている。
 口角が上がっていることには自覚があった。そしてそれは、笑ってしまうけれど決していやなことではなく、緩い雨に包まれているような安堵感にも似ていて。
 腹に力を入れて、起きよう、と携帯を握りしめた。

 生まれてはじめて、他人に理解されていると感じている。

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