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リュ・スンワン『密輸1970』朝井リョウ『生殖記』など(ネタバレあり)241007-1020

リュ・スンワン『密輸 1970』(2023)

ラストカットがいい……。
同監督の『ベテラン』『モガディシュ 脱出までの14日間』のクオリティを凌ぐ傑作。面白い。

エンジン始動まで時間のかかる映画で前半はちょっと重いが、丁寧なキャラクター描写が後半に活きてくる。
とはいえ、冒頭でヨム・ジョンア演じるジンスクの父親が予想だにしない形で……船のスクリューに巻き込まれて死ぬ……という流れはキャッチーで、しかも死体を見せずに海に広がる血で絶望的な死を表現している。素敵!

コンゲームのみならず、まさかのシスターフッドへと展開する。
チュンジャ(キム・ヘス)とクォン軍曹(チョ・インソン)のキャラクターが特に良い。悪役をただの悪者に終わらせず、一面的に描いていない。
この二人のやり取りはどれを切り取っても最高!
特に……最初の出会いでチュンジャの頭をカッターの刃でスパッといくあの淡々とした見せ方。いい。
そしてラスト、クォンは悪党ではあるが人情味もある。その不可思議な絆で結ばれた二人が邂逅するシーンの鮮やかさたるや。ダイヤ一粒、その巧さにこちとら涙出てきちゃいました。善人と悪人が交わるあの終わらせ方は見たことないなぁ。

ドリ(パク・ジョンミン)とクォンのホテルでのアクションシークエンス。全編を通して長尺の陸上アクションはここだけなのだが、あまりクオリティが高い。オールドボーイ感ありつつ現代的ジョンウィック感もあるというか、とくかく演出が凄い!アイスピックというありふれた武器なのに古臭さを感じさせない。クォンと眼帯の部下の「ベトナム戦争あがり」感を前半で入れ込んでいるからこその恐ろしさなど、丁寧。

さらに脚本の面白さだけじゃない!
水中アクション、どうやって撮っているの!?とてつもないクオリティだよ。ハリウッド映画でもあそこまでできている映画ないでしょう。
かなりの部分はVFXなのだろうけど、実際に水中でも相当撮っていると思われる。『ゴジラ-1』に匹敵するVFX!韓国も日本も凄い。

あまりの面白さにぶっ飛びました。

朝井リョウ『生殖記』

読み終わって感情をごちゃ混ぜにさせられる。
朝井作品は近年そういうのが多いけど、今回は特にです。

語り口がとことんポップで(おったまげ~)、起きていることは超シビア。
アイロニカルすら突き抜けている、社会の薄皮何枚も剥いで出てきた社会的絶望を描いているみたいな。これ、映画『ジョーカー』に負の影響を受けた人たちが出てきたのと同じように、嫌な方向に人を動かすパワーを秘めた作品だと思う。

主人公が時間を消費するべく常に夢中になれる何かを探すのは、同性愛個体としてとことん考えつくした結果、今の社会状況……幸福度を共同体感覚に預ける感覚、どこまで行っても異性愛個体の論理で進む世の中じゃどうにもならないよね、考えたり真剣に向き合ったら辛いし辛いよね、だからそのことを頭の外に追い出す何かが欲しいよね。

行きつく先は、筆致はポップでも最大級に物悲しいものに見えた。とにかく体外発生に懸ける。そこにどんな倫理的欠如があっても。止まれない、止まりたくない、止まると自死に繋がる種族なんだよ。と尚成の生殖器は思う。

塚原あゆ子×野木亜紀子『ラストマイル』(2024)

もっとサスペンス寄りの映画と思ったら、物流業界の搾取の実態を描いた作品だった。大傑作、ケン・ローチ『家族を想うとき』(2019)を思い出す人は多いはず。

まずロケ地とセットに感動した。
クロエ・ジャオ『ノマドランド』ではAmazonの物流倉庫が登場する(本物ではない倉庫を借りて撮影しているのだろうが)。機械音だけが鳴り響く巨大な倉庫、そこで働く人間の物悲しさにぞっとさせられたが、今作はそれに負けない規模感に見えた。複数の倉庫を組み合わせて撮影しているとのこと、本当に想像もつかないプロの仕事。一か所の倉庫にしか見えなかったよ…。

冒頭で何千人もの派遣が厳重なセキュリティを通る場面が映し出される。
みんな「これから働きに行くぞ!」とワクワクしている感じで撮られていて、低賃金で買い叩かれた人たちが集められているわけで、あんな期待感に満ち溢れた職場には絶対ならない。あそこはシリアスに描いてもいい気がしたけど、規模感の大きさによる高揚感もあった。
エンタメに振っている感じ。
今回は配送センターのブルーカラーはほとんど描かれず、ホワイトカラーに焦点を当てていて、それは『家族を想うとき』とは大きく異なる点。

脚本の野木亜希子さん、キャラクターを作るのが抜群にうまくて、今回は主人公の満島ひかり(舟渡エレナ)さんがこれまでに見たことのない人物描写で超楽しかった。
なんだろう、まず爆破事件が起きても平然としている(そう見えるようにしている)。会社に貢献することに生きがいを感じていて下請け業者を圧迫する一面もあるし、事件解決のヒントが見つかっても業績優先で隠してしまう人間味もある。資本主義にどっぷりつかっているけど、物流業界全体の膿にも気づいてどうにかしたいとも思っている。よくある「いい人」味しかない主人公像になっていない。
お仕事映画の楽しさも十二分にある。

彼女は会社を助けたい気持ちもあるし、会社に搾取された人を助けたい気持ちもある。そのうえで考えるより先に行動する、まずは口に出す。猪突猛進な様がカラッとしていて、人物造詣がいい。「アンナチュラル」のミコト級の魅力がある。

中盤まで観客にエレナを怪しいと思わせる。その思惑が成功している。
前半で実際にエレナのダーティーな一面を見せているからである。うまい。
だからこそ爆発物のスイッチを押してしまってからのエレナと孔(岡田将生)のやり取りが効く。

エレナがアメリカから送り込まれたこと、山崎佑(中村倫也)が死んでも止めようと思ったもの、語りつがれる2.7m/s→0の真意、家庭に爆発物が送り込まれてからの驚愕の対処方法など……。
どれも意外性がある!

物流の抱える問題を幅広い層に届ける窓口になっていて、とーーーーーっても意義深い作品になっている。
エンタメで楽しく見えつつ、社会問題を考えるきっかけにもなる。

しかしエンタメだから決着はつけなければならず、『家族を想うとき』のような胸に迫る危機感はあまりない。

柳澤健『2000年の桜庭和志』

面白いなぁ。私の世代的には後年の負けが続く姿しか見ていなかったから。
なぜ桜庭が人気だったのか、強かったのか。
プロレス気質なサービス精神、身体の柔らかさ、力のON・OFFの切り替え、危機的な状況でも冷静に対処できる頭脳の持ち主……本当に稀有な才能の持ち主だということが改めてよーーーくわかった。

今のMMAは個人よりチームで挑む戦略戦の傾向にあり、選手が「IQファイター」であることは一つの最低条件になっているが、2000年前後でそれができたMMAファイターは、日本では桜庭和志ただ一人だった。

元来はUWFのプロレスラーだった桜庭がなぜMMAで活躍し、伝説のホイス・グレイシー戦を迎えることになったのか。格闘技の歴史を追いながら複数の著名人にインタビューを重ね紐解く。

『ヒクソン・グレイシー自伝』にも桜庭戦回避のことが書かれていたが、ヒクソンvs桜庭、実現していたらどうなっていたのだろう。
私はヒクソン神話に一票いれてしまうのだが。

さくらももこ展(六本木)

さくらももこさんを超えるエッセイストは出てきていない。
さくらさんが収集した民芸品の展示があって、実際の部屋の写真もあって、雑多に並べられたお土産の数々がとてつもなく魅力的に見えた。

『クニゲイ~大國大学藝術学部映画学科~ 1 』

日本大学芸術学部映画学科がモデルの映画製作マンガ。
設定はよく見るもので、小さな賞を受賞して得意気になったお調子者が、大学入学してみたら天才がいて井の中の蛙大海を知らず的なことになるが、一念発起して頑張るというもの。

著者が実際に日芸映画学科出身とのことで、とにかく映画作りのプロセスが面白い。あまり話題になっていない作品だけど、意外に次の『ブルーピリオド』になるかも。

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