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オレの相棒(あいぼう)第9回



”ハチ!我慢してくれ!”



”少しだけ、辛抱してくれよ!”



”頼むから、言う事聞いてくれよぉ~!”




ハチの輸送準備をしている。
成岡と別れたハチは、
数日間、成岡や
共に遊んでくれた


隊員たちの姿がなく、
独りぼっちで、
さみしく、
時折、木の上に登り、

その時間を過ごしていた・・

そして、今日出発となったが、
ご覧の通り、悪戦苦闘している。


三宮少尉たちが、
竹製の大きな檻を、
急ぎ作り、


嫌がるハチを、
なだめながら、
檻に入れると、

輸送は、どうしても、
軍用トラック
使わざるおえず、
エンジンをかけた途端、


ハチの大嫌いな
トラックだと分かり、

檻の中で、暴れ始めた。


なんとか乗せると、
トラックは、
一路、港を目指し
出発した。


港近くに着くと、
同地の、憲兵隊長
赤松大尉の行為で、


軍用犬用の

鉄製の檻を借りた。


(憲兵隊(けんぺいたい)=
 軍人や軍属、一般人の軍事に関連する
 犯罪を取り締まる部隊のこと。


港に到着すると、
ハチの噂は、現地の日本人を
中心に広まっていて、

輸送船への、積み込み作業は、
現地の日本人、民間人、
他部隊の隊員たちが、
たくさん集まり、


”人と一緒に暮らしたヒョウ”を、
一目見ようとする人たちが
見守る中、行われました。


ハチを乗せた輸送船は、
長江下流を進み、
やがて、上海へと到着した。


なお、この上海ー長江コースは、
成岡が、中国に到着した際に、
7日間かけて、船で渡ったルートである。



ハチは今、この逆ルートで、
上海へと、到着した。


上海で、定期船に乗り継ぐと、


”帝都”目指し、

一行は、大海原へと駆け出した!






当時の定期船 AIによるイメージ




航海の途中・・・・


定期船の船長は、
事前に、成岡から手紙をもらい、
ハチが、よく人と遊んでいたという
事を、承知していたので・・・


船長「ハチ、閉じ込められて
   ばかりじゃ、つまらんだろ?

   ちょっと、海を間近に
   見てみないか?

   成岡さんからも、
   海を見せてくれと
   手紙で頼まれているしな。」


船員たちが、不安がる中、
上甲板にあった鉄檻の
重い扉を開けると・・・



”サーーーー!”




疾風の如き速さで、
メインマストの、
一番高い所に、
駆け登ると、


マストの先端に、
腰をおろし、
過ぎ去っていく
大海を眺めていました。






ハチは、マストの先端から大海を眺めている。(写真AC様)




下で眺めていた、船長や船員たちは、
拍手喝采、歓声が上がります。
ハチは、その歓声を聞くと、
登ったように、疾風の如く、


マストを駆け下りると、
船員たちの間をすり抜け、
船員室と、マストを
行ったり来たりで、


船員たちを、楽しませた。
船長や、船員たちの制服が、
軍服と同じ色だったので、


ハチは、成岡たちの、
仲間だと思い、
航海中、船長や船員たちと、
仲良く遊び、互いに楽しんだ。


後日、成岡の下へ、
この船長から手紙が届いた
その文面には、こう書かれていた。



「成岡さん、今度のような愉快な航海は、

 今まで一度も、味わった事がありません。

 本当に有難う。 感謝いたします。」

引用元 全集日本動物誌4 成岡正久著「豹と兵隊」 P214

 


やがて、定期船は、北九州
八幡製鉄の埠頭(ふとう)に、
到着した。


そこから、ハチは、
列車に乗り、
目的地である、
帝都めざし、


数日かけて、
この長距離を、
移動した。

帝都の汐留駅につくと、
既に、新聞でハチの事は、
報じられており。


帝都で暮らす臣民に、
大きな関心を、
持たれていた。



ハチは、上野動物園に到着。



既に、檻の周りには、
大勢の客が、詰めかけていた。


飼育員「困った・・困ったな~・・」


小さい檻から、動物園の大きな檻へと、
移そうとするも、ハチは、
動物園という、特殊な環境ゆえか、
うずくまって動かない。


飼育員は、成岡たちのような軍服でなく、
ましてや、同じような色でもない。
他の動物たちの鳴き声や匂い・・


そしてこの、大勢の見慣れぬ人間たち、
ハチが、動こうとしないのも、
無理もない話である。


客「お~い!どうした!」


客からは、催促されるし、
上野動物園の関係者たちは、
困り果てていた・・。


飼育員たち「困ったな~・・」

     「どうしたら、いいんだろうか・・」

     「このまま、という訳にもいかんだろう。」

  


飼育員たちが、困りに困っていて、
もはや、どうしようもないと、
諦めかけた時であった・・



???「お困りですか?」




突如、飼育員たちの後方、
取り囲む客たちの中から、
声がした・・・


声の方向を、振り返る飼育員たち・・・








お久しぶりです!




飼育員「おい!チンドン屋は、
    呼んでないぞ!


    今、忙しいんだから!
    よそでやってくれよ!」


(チンドン屋=
  人目を引く服装をして、太鼓や鉦(かね)などを
  鳴らしながら街を練り歩き、広告や宣伝を行う職業)



???「あああ~~!!待って下さい!
    待ってくださいよ!

    今、着替えますから!
    日本まで、持って帰ってきたのに!」


謎の男は、素早く風呂敷を開け
中に入っていた、軍服に着替えた。




???「吉村重隆といいます!」

    
    

読者のみなさまは、覚えておいでだろうか?
過去に登場した、この男の事を。
特に印象深いのは、第5回であろう。


成岡の部下であり、
ハチを牛頭山から、
連れ帰った時にいた、

警備隊の一人である。


数か月前に、日本に帰国、
現在は、航空隊に配属となっていた。


吉村「私にやらせて下さい!」


飼育員「いやいや!ダメダメ!」


吉村は、飼育員たちに、
自分が、ハチを連れ帰った時から、
面倒を見てきた事、
毎日のように、共に遊んでいた事、


新聞をみて、一目会いたくて、
上野動物園に、駆け付けた事。


今までの事情を、
飼育員たちに、説明する
吉村であった。


客「おおおお~~~!」


小さな檻の中では、
ハチが、懐かしい声に、

”ピクン!”と、

耳を立てて、顔を持ち上げ、
声の主を、探していたので、
客たちから、歓声が沸いた。


吉村「大丈夫ですから!

   まあ、そこで見てて下さい!」


飼育員たち「ああ~・・ちょっと!」


吉村は、飼育員たちの制止を
ふりきり、檻へと駆けた。


吉村「ハチ!ハチ!

   吉村が来たぞ!

   分かるか!オレだよ!」



吉村は、大きな声で、
優しくハチに語り掛けながら、
檻の中に入って行った。


小さな檻にいたハチは、
その懐かしい吉村の声、
軍服、匂い・・

兵舎にいた頃に、
戻ったように
うれしくなり、
小さな檻から、飛び出した。



吉村「ハチ~~~~!!


   久しぶりだな~!


   会いたかったぞ!」



吉村は、飛びついて来たハチを、
思いきり抱きしめると、
兵舎にいた頃のように、
ハチと遊びだした。


”パチパチパチパチ”(拍手)




客たち「おおおっ~~~!!」


   「ヒョウと人間が、
    一緒に遊んでるぞ!」



兵舎で日常であった光景は、
帝都の臣民たちにとっては、
驚愕(きょうがく)の光景であった。

(驚愕=非常に驚く事、大きな驚き)


吉村「ハチ~~!

   元気だったか!

   
   小隊長どのと別れて、

   寂しい思いを、してたろう?

   しばらく辛抱するんだぞ。

   
   小隊長どのは、きっと、

   任務を果たされ、

   お前に、会いにくるからな!」


ハチは、吉村との再会を喜び、
じゃれつき、ざらつく下で、
何度も、顔をなめあげて、
思い切り、甘えた。


ハチにとっては、久しぶりの、
兵舎の仲間たちとの、楽しい時間であった。


吉村(小隊長どの!

   
   吉村が・・・

   一足お先に、

   ハチと再会しましたよ。

   
   一日でも早く、

   会いに来てやって下さい!)



吉村は、成岡の代わりに
ハチと再会した喜びを、
心の中で、成岡に伝えた。


吉村は涙し、
ハチも涙した。

ハチにとっては、
成岡と別れて以来、
誰にも甘える事が
出来なかった・・・

そんな孤独で長い時間が、
吉村と再会出来た事で、
ほんのつかの間、
幸せな思いでに戻れる
優しい時間を、ハチは味わっている。


読者のみなさまは、
ひょっとすると、
これは、作者の創作では?


そう思わている方が、
中には、おられるかと思うが、
この再会は、創作ではなく、
事実である事を、申し上げておく。


当日は、新聞社も各社来ており、
各新聞社でも、この様子は、
掲載されれていた。


ハチと上野動物園を結び付けた、
朝日新聞記者が所属する、
朝日新聞には、こう書かれていた。
やや長いが、引用させて頂き、
読者に、紹介したいと思う。


なお、読者に読みやすいように、
旧かな使いや、句読点など、幾つか改めている。


全文は長いので、
冒頭と、吉村に関係する終わりのみ、
引用させて頂いた。


略した部分には、これまでの
ハチの経緯が、書かれており、
改めて、読者に紹介する必要性もなく、
引用という性質上、最小限にした。




ワッ凄い!豹が人間に抱かれてるぞ


一日、上野動物園で初お目見得した、
雄豹の子「ハチ公」が、
俄然、坊ちゃん嬢ちゃんの人気を、
搔(か)っさらってしまった。…


(以下、途中略)


…初お目見得の、一日は、
様子の違う檻のなかから、
まぶしそうにながめ、


観覧者の中に、カーキー色の軍服を
見つけると、懐かしそうに、
じっと眼を注ぐ、いじらしさが、
いっそう人気を呼んでいる。

引用元 ハート出版 祓川学著「兵隊さんに愛されたヒョウのハチ」P95~P96




なお、ハチの檻には、
昭和16年春に、
生まれた事や、
これまでの経緯と、
最後に、昭和17年5月、
本園寄贈とある。





ハチも一段落したので、
ここで、大陸にいる
成岡へと、目を移したい。


あれから2ヵ月経った頃、
作戦も終えた連隊は、
九江市に集結した。

成岡は、
ハチの動向が知りたくて、
同市の毎日新聞支局を、
訪れていた・・



成岡「ああ~・・

   すいません・・」



成岡が来社した目的を、
支局員たちに、説明していると、

支局員一同が、
そろって成岡の周りに、
集まってきて・・



支局員たち


「あなたでしたか!


 東京の上野動物園に、
 

 ヒョウを贈られたのは!」



成岡「あ・・まあ・・そうです・・」

   


支局員「これ見て下さいよ!

    ヒョウと一緒に、

    あなたの顔も、載ってますよ!」



そうやって、6月2日付けの、
毎日新聞
を、成岡に見せてくれた。
成岡は、夢中で読み進めた。



成岡「スゲッ~~~!

   ハチが、こんなデカく載ってる!

   あっ、オレの写真まで!」

   

見出しには、大きな文字で
こうあった・・



中支那(しな)の
 兵隊さんから贈られた
 
 豹”八紘”(はちこう)

 東京上野動物園に到着」

引用元 昭和17年6月2日 毎日新聞より




成岡「ハチ!やったな!

   お前、新聞に載るなんて!

   スゲーぞ!ハチ!」



成岡は、涙しながら読んだ。
ハチが、上野動物園で、
幸せに暮らしているよう、
祈りながら読んだ・・・


無事に到着した喜びに
成岡は、今、浸(ひた)っている。



支局員「良かったですね・・・

    こっちまで泣けてきた・・

    ここにまだありますので、

    好きなだけ、どうぞ!」



成岡「ありがとうございます!

   本当に、ありがとうございます!

   隊のみんなに、見せてやります!

   全部、全部下さい!

   ハチの新聞、ありったけ!」



連日の疲労も、どこへやら、
支局員たちに、深々と礼をし、
持てるだけの新聞を持って、
連隊へと、駆け戻った・・・



成岡「ハチ!

   人気者だってよ!

   きっと、きっとよお!

   任務が終わったら、

   会いに行くから!

   待ってろよ!ハチ!

     

  ヤッホ~~~~ウ!」




隊に戻ると、隊員たちも、
ハチの新聞を見て、
成岡と共に、
かつての日々を懐かしみ、
共に涙し、共に喜んだのであった・・・





それから、月日は流れ・・・
同年12月のある寒い日・・


この日、上野動物園は、
緊張に包まれていた。


多くの新聞記者や、
カメラマンまでいる・・


たくさんの警備をする
人間たちであふれていた・・


この日、”高貴な客人”を、
同園は、迎えていた・・


福田三郎園長代理が、
その客人に付き、
園内の動物たちの
説明をしている。


その高貴な人物は、
ハチの檻近くに着くと、
熱心に説明を聞いていた。


その高貴な人物は、
8歳の少年であった。
間もなく誕生日を迎え、
やがて9歳になる。


”危ないから御止め下さい。”


周りから、そんな声もあったやもしれぬが、
高貴な少年は、檻の前に立つ。


もしかすると、ハチの名を
呼んだのかもしれぬが、
そこは、ハチと、
この高貴な少年だけの世界。


我々は、踏み込めぬ世界なので、
想像する以外、他にない。



高貴な少年が、檻の前に立つと、
不思議な事に、ハチが自ら出て来て、
少年の前の柵に、頭や体をこすりつけて
甘えるような仕草を、し始めた。



福田「おお~!

   ハチには、殿下が、
  
   わかるのか。」



福田を始め。
周囲の人間は、みな、感心した。


この高貴な少年こそは、

時の皇太子殿下

明仁親王、その人であり、


現在の”上皇陛下”


なのである。


上皇陛下の瞳と、
ハチの瞳が、
交差する瞬間があったとは、


ここまで、ハチの物語を、
綴(つづ)ってきた
筆者としては、
胸の熱くなる思いである。


こうして、成岡とハチは、
昭和17年の終わりを、
別々の地で、迎える事となった。


またたく間に、
ハチは、上野動物園の
人気者になった。


お客だけでなく、
同園の飼育員や、
関係者からも愛され、
幸せな日々を過ごしている・・






ボク、人気者になったよ!でも・・お父さんがいなくて、さみしいよ・・






ハチと成岡にとって、

運命の”昭和18年”を、間もなく迎えようとしていた・・




<第10回へ続く・・・>




「読者のみなさまへ」


本作品は、
実話を基にしていますが、
会話など脚色を加えてあります。

また、いつもと違い、
連載形式なので、
その都度で、明記する時もありますが、
作品の内容を、順番にお知り頂きたいので、
最終回に、参考文献や参考サイト様など、
まとめて明記したいと思っております。
ご了承下さいませ。







(あとがきにかえて)



オレの相棒<番外編2>


「野生の爪 vs 野生の角 」




この物語は、成岡たちが移動する
少し前の、とある日の夕方から始まる・・




”弁慶(べんけい)が、


  兵舎内に乱入して


     暴れております!”

  


成岡の、
部屋の扉が、
勢いよく開けられ、
隊員の悲鳴のような、
大声が、響き渡る。


成岡「おい!どうして、

   兵舎内に入って来てるんだよ!

   
   川向うで放し飼いにしてたの、

   今夜、夕食にするからって、

   お前さんたちが、行ってたんだろ?

   
   弁慶は、暴れるから

   他のにしろって、言ってあったろ?」



隊員「すいません!

   やっぱり一番大きいので・・・

   
   みんなで、今夜は、

   弁慶にしようって事になって・・」



成岡「どうして、そういう事すんのよ!

   暴れたら、誰が止めるのよ!

   なんで、川渡って来ちゃったの?」



”ガン!”

   


大きな物が、壊れる音が、
あちらこちらで、
している・・


窓から、状況を見る成岡。


隊員「小隊長どの!

   ハチは、ハチは、

   どこでしょうか?

   退治してもらいましょうよ!」



成岡「朝から、いねーんだよ!

   それがさ、どっかで

   遊んでるんだろうけど・・

   そんな都合よく、ハチに頼るな。」



隊員「どうしましょ~・・

   誰にも止められません・・」



隊員の泣きそうな声が
頼りなく、部屋に響く・・



成岡「兵舎内で、銃の使用は、
   禁止されてるからなあ・・

   みんなに伝えろ!

   棒でも何でも、
   ぶっ叩いて、ヤツを止めろ!」


隊員「はい!小隊長どの!」


少し前に、敵陣地にて、
4頭の牛を、戦利品として、
持ち帰って、川向うで
放し飼いにしていた。


4頭のうち、1頭は、
野生の牛とみられ、

巨体で、気性も激しく、
連れて来るだけで、
隊員たちは、苦労した。


かの武蔵坊弁慶を、
思い起こさせる、
巨体の乱暴者に、
いつしか、


”弁慶(べんけい)”



と、あだ名がついた。
今夜、このうちの、
1頭で夕食にしよう!
という事になったが、


弁慶は、
危険を伴うので、
他の牛にしろと、
成岡は、命令をしていたが・・


やはり好奇心か、
捕獲に行った隊員たちは、
弁慶を捕らえようとするも、
その逆鱗(げきりん)に触れ、


逆に、兵舎内へと
追い立てられ、
現在のような状況に、
なってしまったのであった。


成岡「ハチは、いねえから。

   オレが行くかね。」



そばにあった、
長めの棒を持つと、
部屋を出た!


隊員「ぎゃあああ~~~!」



弁慶の巨体に、吹っ飛ばされる者、
巨大な角で、ケガを負わされる者、
蹄(ひづめ)で、蹴っ飛ばされる者、
かじられる者など、地獄絵図であった・・



成岡「ああ~~、何だこりゃ・・

   だから、止めろって、

   行っといたのに・・

   
   お~い!

   
   なんとか、みんなで、

   草原まで追い込んでくれ。

   ここじゃあ、壊される物が、

   多すぎる。」



成岡たちは、棒でなんとか、
弁慶を叩きながら、
兵舎内の草原へと、
誘導できた・・・。



”モォオオオオオ~~~~!”



相変わらず、弁慶の怒りと、
勢いは、止まらない。


”ダン!”



成岡「いけね・・・!」


成岡は、他の隊員が、
襲われそうになると、
割って入ったが・・・


逆に、その巨体に、
吹っ飛ばされた。


隊員「小隊長どの~~~!」


宙を舞い、飛ばされた成岡、
草の上とはいえ、
かなりの痛手を負った。


更に、弁慶が追撃を加えようと、
成岡めがけ、突進してきた。
隊員たちが、絶叫する。


成岡「ちっ・・動けねえや。

   オレも、いよいよダメかね?」



突進して来た
弁慶の異常に発達した、
巨大な角が、
成岡を、つらぬこうと、
その直前まで、迫った・・・



”ガコン!”




突進してくる弁慶に、
真横から、何かが
突っ込んできた。



隊員たち「おおおお~~~!」







お父さんを、イジメるな!




成岡「ハチ・・・・

   助かったぜ・・・」


今朝から、姿の見えなかった、
ハチが、いつの間にか

弁慶のそば近くまで来て、
成岡のピンチを、助けたのであった。



三宮少尉「お前ら!いいか!
     ほふく前進は、

     先のハチみたいにして、
     相手に見つからぬよう、
     その要領を、見習えよ!」



先ほど、ハチが忍び寄るように、
弁慶に近づく様子を見ていた、
三宮少尉は、他の隊員たちに、
生きる教材として、教訓にせよと言った。



成岡「はぁ・・はぁ・・・

  おい!お前さんたち、

  
  後は、”ハチと弁慶の世界”だ。

  
  危ないから、手を出さずに、

  見守ってやってくれ。」


隊員たち「はいっ!」



弁慶は、体勢を戻すと、
ハチに、怒りの矛先を向けた。
その瞳は、より一層の
怒りに満ちていた・・






”一体、どういうつもりだ!


    ヒョウの小僧!”






野生の猛牛”弁慶”



弁慶「お前か!最近ここらへんで暴れてる、

   ヒョウの小僧ってのは、

   向こうでも、お前の噂は届いてたぜ。」




ハチ「牛のおじさん。

   大人しく、帰ってよ。

   ”お父さん”たちに、

   乱暴するのは、止めてよ。」




弁慶は、呆れた口調で
ハチに、言い返す。




弁慶「ヒョウのくせに、

   人間の飼いネコか?

   帰れだと?

   いやだね。

   
   この角で、

   人間どもを、

   串刺しにして、

   オレは、自由になる!」



ハチは、距離を取って、
弁慶を見ている・・



ハチ「牛のおじさん。

   帰らないと、

   
   ボクの”エモノ”に、

   なっちゃうけど、

   いいの?」



弁慶は、蹄で何度も、
地面をかき

辺りは、強風の為、
砂ぼこりが、巻き上がる。


弁慶「エモノだと?

   お前みたいなチビが!

   
   オレを・・・

   やれるのかね?

   面白いじゃねえか。小僧!」



交渉は決裂した・・
弁慶に、退くつもりは無かった。



ハチ「行くよ!牛のおじさん!」




弁慶「来てみろ!ヒョウの小僧!」




ハチと弁慶の間は、
およそ9メートル、
ハチは、一気に
その間合いを、
8メートルにまで、
疾風の如く、詰めた


”ポン!”


ハチは、尻尾を
ゆらゆらと、
揺らしたかと思いきや、



疾風の如く駆け、
地面を蹴って、
飛び跳ねた!


弁慶「なっ!?」



不意を突かれた
弁慶が、顔を上げた瞬間であった。





”ガツン!”












隊員たち「おおおお~~~~!」




ハチの前爪が、
弁慶の顔半分を、
まるで、えぐるかのように、
強烈な一撃を与えた。



”ビチャ!”


えぐられた顔半分から、
鮮血が、血しぶきとなり、
辺りの枯草を、
真っ赤に染めた・・



ハチ「!?」





弁慶は、倒れなかった!

巨大な両の蹄でふんばり、
顔面から、滝のような
鮮血が吹き上げても、

その場に、立ち続けた。




弁慶「まだまだ!


   そんなヤワな爪じゃあ、


   オレをやれんよ・・


   こっちから行くぜ!


   ヒョウの小僧!」




その巨体とは、
想像もつかない
スピードで駆け出す。



鮮血に染まった顔が、
まるで、赤鬼のような形相に見える。
そして、巨大な角を振り回しながら、
ハチへと、猛突進した!







弁慶の巨大な角が、ハチに襲い掛かる!





グォン!グォン!



両の大角が、
鋭い刃物のように、

左、右と、
ハチを襲う・・


ハチは、紙一重で、
左右に、かわし続けるが・・



”ダラッ・・”



ハチ(凄い・・風圧・・

   それに、いつ切れたんだろう・・)



巨大な角は、
周りの空気をも、
刃に変えて、

ハチに襲い掛かっていた。


ハチの美しい、
ヒョウ柄の胴体に、
カミソリで切ったような、
無数の切り傷が、ついていた。


そこからは、少量ではあるが、
が流れていた・・


弁慶「真ん中が、お留守だぜ!」



”ガン!”



巨大な角から
繰り出される、
左右の攻撃ばかりに、
気をとられたハチは、


正面から、
弁慶の右足の蹄が、
繰り出す蹴りに、

気づくのが、一瞬遅れ、
吹っ飛ばされた。



”ザザッーーーー!”



吹っ飛ばされたハチは、
空中で、体勢を戻し、
なんとか、ふんばって、
着地をしたが・・・


地面に長くついた、
ハチの前両足の
爪の跡から、

想像以上の、威力が伺(うかが)える。



ハチ(ハァ・・ハァ・・・

   牛のおじさん・・凄い力だ・・

   体中・・・痛いや・・)



肩で大きく呼吸をしたまま、
ハチが、動けないでいると、
弁慶が、ゆっくりと、
ハチに向かって歩き出した・・



弁慶「ハァ・・ハァ・・・

   人間の小賢しいワナにさえ、

   かからなければ、

   
   オレは、今でも、

   自由でいられたんだ。」



弁慶が、歩みを進めるたびに、
周囲の草花は、頭上から垂れて来る、
大量の鮮血に、染まっていく・・



弁慶「ヒョウの小僧・・

   お前をヤッた後は・・

   人間どもを、

   残らず始末してやる・・

   
   教えてやるんだよ・・

   オレたちが、

   喰われる為だけに・・

   生きてるんじゃねえって事をよ!」



”バシッ!バシッ!”


  


弁慶「!?」



弁慶の独り言を、
さえぎるかのように、
ハチの長いヘビのような尾が、
荒々しく、2回地面を強烈に叩く。



ハチ「お父さんに、みんながケガするから、

   
   ハチは、全部の力を出しちゃダメって、

   
   怒られたから、自然に押さえちゃってたけど・・」




弁慶「なんだ?」



ハチ「牛のおじさん強いから、

   ボク、全部の力を出さないと、

   負けちゃうみたい・・


   負けちゃうと・・

   お父さんたちが、牛のおじさんの、

   ”エモノ”に、されちゃうから・・


   

  ボク、思いっきりいくよ!」




ハチが、そういった瞬間、
今までとは、全く違う、
重圧感が、己を包んでいる事に、

気づいた弁慶・・



弁慶(なんだこりゃ・・・

   先までの小僧とは、

   全く違う威圧感を、

   いや、恐怖心を感じさせやがる・・


   まるで・・暗闇の中で、

   小僧の、2つの眼だけが・・

   オレを狙ってるかのような・・

   何なんだ・・これは・・」







弁慶の脳裏に映っている光景




弁慶(これが・・・


    ”狩られる為に、生まれて来た者”と・・


    ”狩る為に、生まれて来た者”の違いかね?


   ・・・フッ・・いいだろう・・


   
   だったら、オレは・・・

   
   その理(ことわり)に、

   
   どこまでも、逆らってやるよ・・・

   

  オレは、誰にも縛られない!


  どこまでも、どこまでも・・・


   ・・・自由だ!永遠にな!)




”ザン!ザン!ザン!”



弁慶が、激しく地面を蹴り上げ、
その蹄跡、一つ、一つが、
弁慶の怒りだ。


鮮血に染まる顔面・・
その瞳には、あふれる闘志が、
映し出されていた・・



”バシッ!”



一方のハチは、
草むらに腹をつけて、
その瞳は、
弁慶に照準を合わせて・・


腰をクネクネと動かし、
まるでリズムを、
とるかのように・・・


それに合わせて、
ハチの長い尾が、
時折、地面を叩いて、
その機会を待っていた・・




”ビュ~~~~~~!”




大陸特有の風が、
草むらを大きく揺らし


ハチと弁慶の、
両者の間を駆け抜けたのが、
開始のゴングとなった・・




ハチ「行くよ!牛のおじさん!」




弁慶「止められるかね!


   このオレを!!」




”ドッドッドッドッドッ!”



砂煙を巻き上げ、
地面を叩く蹄の音は、
まるで、太鼓の鼓動のように、
鳴り響き、地面を揺らしながら、
ハチめがけ、弁慶が突進してきた!



”サッサッサッサッ!”




一方のハチは、
草原を低く、低く移動し、

その速さは、まるで、
”生きた弾丸”のような、
猛スピードで、
弁慶めがけ、駆けていた!



そして、互いは激突する!



”ブルン!”



弁慶「ちっ!」


弁慶が、その巨大な角で、
近くに来たハチに、
一撃を食らわすも、
むなしく空を切った。


弁慶「下か!」


弁慶は、自分のすぐ右下に、
ハチの視線を感じた。

こういった場合、
猛獣、特にヒョウは、
首元を狙って相手を、
ねじ伏せてくる事が多い。


むろん、
ヒョウ相手じゃないにしろ、
こういった時に、
猛獣がとってくる行動は、
弁慶は、経験で知っていた。



弁慶「ムダだ!

   オレの巨体は、

   
   小僧になんか、

   
   ねじ伏せる事なぞ、

   
   不可能だ・・・!?」



”ポン!”



ハチは、
弁慶の首元めがけ
跳び上がった・・


弁慶「!?」


意外な行動に、
弁慶は、戸惑った。


”ガン!”



ハチは、跳び上がった途端、
体を反転させ、首に対して
うしろ向きになると、


そのまま、両後ろ脚で、
弁慶の巨大な顔を蹴り上げ、
更に、高く跳び上がった・・


弁慶「蹴っただと・・・」   


顔面を蹴られるも、
すぐに、体勢を戻す弁慶、
しかし、ハチは、
完全に視界から消えていた・・



弁慶「どこだ・・

   小僧は、

   小僧は、どこに行った?」



”ドッドッドッドッ!”



首を振りながら、
ハチを探す弁慶、


しかし、視界のどこにも、
ハチは、おらず、

怒りは、さらに増し、
目的もなく、突進している。



その時であった!!




”グァン!”









弁慶「ギャアアアアア~~~~!」




突進している弁慶の背後から、
ハチの一撃を、まだ受けてない、
顔面の半分を、強烈な一撃が、
突如として、襲った!



ハチは、弁慶の背中に乗っていた!




後方から、強烈な前足の爪が、
まだ無傷であった、顔面の半分をえぐる。

予想もしてなかった所からの一撃に、
ただ、弁慶は絶叫するしかなかった・・


絶叫しながらも、
弁慶の突進は止まらない。
砂煙を上げ、メチャクチャに、
草原を、駆けまわっている。



”ガン!ガン!ガン!”



更に、胴体に深く、
何度も、何度も、
前足の爪を、
お見舞いするハチ。



”ダ~~~~~ン!”



豪快に砂煙を上げ、
弁慶が、頭から突っ込んで、
前のめりに倒れる。


ハチは、素早く飛び降りると、
何事もなかったように、
倒れた弁慶には、
目もくれず・・・


成岡の下へと、
駆け出して行った。


勝負はついた。
弁慶は、倒れた後、
四肢を、けいれん
させたかと思うと、
絶命していた・・


ハチは、成岡の下へ戻ると、
いつものように
じゃれつき、


時折、容体を心配するように、
その特徴的な長い顔を、
愛情を込めて、なめ上げた。



成岡「はぁ・・・はぁ・・

   弁慶をやるなんざあ、

   ハチ、大したもんだな!

   お疲れ、ハチ!」



隊員たち「ハチ!ありがとう!」

    「やったなあ!ハチ」

    「今夜は、弁慶鍋だ!」



隊員たちも、ハチの激闘を称えた。



成岡「あ~・・・

   弁慶の事なんだけどよ・・」



隊員「なんですか?

   食べましょうよ!小隊長どの!

   ハチだって、喜びますよ。」


成岡は、弁慶が倒れている姿を、
見ながら・・・


成岡「・・・・よそう!

   弁慶は、食べるのよそうや。」



隊員たち「えええええ~~~~!!」



ハチ「!?」


成岡は、ハチの頭をなでながら・・


成岡「ええええ~~~~!!

   じゃないの!

   
   ハチとあんだけの

   死闘を演じたんだ。

   
   墓くらい作って

   弔(とむら)ってやろうや。」



隊員「じゃあ、じゃあ、

   他の牛なら、

   いいでしょ?

   小隊長どの~~~!」



成岡「ダ~~~~メッ!

   残りの牛はよ、

   あんまり危ない獣が、

   いない所に、

   逃がしてやってくれ。」




隊員たち「えええええ~~~~~!」




成岡「牛なんざ、

   また捕まえられるよ。

   
   お前さんたちの失態を、

   上に報告しないで置くから、

   
   今夜は、あるもので済まそうや。

   いくぞ、ハチ!」


隊員たち「そんなぁ~~~~!」


成岡「あっ、ハチ!

   血が出てんぞ。

   戻ったら消毒だ!

   帰るぞ、ハチ!」



死闘を終え、
互いに痛む体を、
いたわりながら、
兵舎に戻る、
ハチと成岡であった・・・


それから、しばらくして・・・



”おーい!成岡小隊長は、おらんのか?”




今回の死闘は、たちまち噂になり、
師団司令部の、とある参謀長から、
野戦病院の、入院患者たちを、
慰めるため、遊び相手にしたいので、


ぜひ、ハチをもらいたい。
という話が、本部を通じて、
成岡の所に、来た・・・


当然の如く、断ったが、
熱心な、この参謀は、
乗用車で、この兵舎に、
押しかけて来た。


成岡「岡林兵長!

   後は、頼みます!」


成岡は、直接会うと、
断れなくなると思い、
事務所に身を隠した。


参謀「おお~~、

   これが、噂のハチ公か!

   かわいいじゃないか~!」



ハチは、この珍しい客の所へ行くと、
同じ軍服姿のせいなのか、
参謀の足下に、じゃれつき始めた。
参謀は、もうかわいくて、たまらない。



岡林「成岡小隊長は、敵討伐に、
 
   長楽源(ちょうらくげん)方面に、

   向かわれたので、4.5日戻りません!」



参謀「そんなに待てん!

   亀川連隊長の許可も得てるし、

   
   後で、成岡にも承認を得るから、

   岡林、ハチを車に積み込んでくれ!」



困った岡林は、とっさに機転をきかせた。



岡林「それが・・・・

   小隊長以外の者が、

   ハチを触ると、

   噛みつかれます。

   

   それに、このハチは、

   自動車のエンジン音を、

   非常に恐れますので、

   とても危険です。」


これを聞くと、さすがに参謀も
あきらめて帰って行った・・・


成岡「は~っ、

   やっと帰ったか。

   岡林兵長!

   感謝します!」


岡林「ヒヤヒヤしましたよ・・・

   ハチを守れてよかったぁ~。」


成岡は、足下にいるハチを、
強く抱きしめた。


成岡「危なかったな~ハチ!

   よし!見回りにいくか!

   いくぞ、ハチ!」


こうして、難を脱した、
ハチと成岡は、
いつも通り、
共に、見回りに行くのであった・・・


    

   <終わり>




最後まで、ご覧頂きありがとうございました。


ちょっと、長めになってしまい
申し訳ございません。


この巨大な牛とのエピソードは、
成岡さんの本にしかなく、
錦号との対決以上の物を、
書けるとは、思ってなかったのですが、


第8回のあとがきで、書きました通り、
本物の野生のヒョウを観たので、
ひらめくものが、ありまして、


こういった動きのあるものが、
動物園に入ったので、
もう、書くことは、
ないと思いますので、


ちょうど、次回で第10回なので、
長らくみなさまに、ご覧頂いた、
お礼の特典としまして、


実際の野生のヒョウから学んだ物、
あれから、幾つもの作品を書いたので、
自分の中で、錦号以上の物が書けると、
GOサインが、出たので、


番外編として、書いてみました。
今持てる、最高の物を、
読者と、ハチと成岡さんへの
ここまでのお礼も込めて、
全て注ぎ込んで、完成させました。


第4回と比べてみるのも、
面白いかと、思います。


なお、”弁慶”というのは、
この画像を作成した時に、
浮かんできた物で、
私の創作ですが、


巨大な牛と、ハチの戦い方などは、
史実をきちんと、入れております。



”弁慶”という、”名前”のみ、
創作となっております。


実際は、名前の無い、
”大きな牛”だけの記述です。

(#この4行:10/8追加)


さて、長くなりましたので、
この辺りにしたいと思います。


次回よりは、ますます、
書く側にとって、難しく
なってまいりますので、
お時間、頂戴すると思います。


では、第10回で、
お会いしましょう!


さようなら!






<特典資料>




ハチと妹 vs 弁慶





<失敗資料>

AI画伯に、当時の上野動物園の画像を
依頼した所、トンデモ上野動物園になって、
手元に届きました。ご笑納あれ。





年が1年先になってしまい、ビルみたいのもあり、どこだこれ?w






上もそうだけど、象が普通に歩いていて、もはやどこの世界だかわからない?w



という事で、上野動物園のフリー写真も
見つからずで、断念しましたw
絵が描ける方って、本当にスゴイ!尊敬しちゃう!



10月8日(公開翌日追加)






今回から、ご覧下さった方へ、


前々回、第7回の最後に、
第1回から、第6回までの、
リンクが、貼ってありますので、


よろしければ、ご覧下さい。
「オレの相棒」に、興味をお持ち頂いて、
ありがとうございました。




下が、前回となっております。


 





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坂本猫馬
懐かしいやら、マニアックな内容やらですが、 もし、よろしければですが、サポートして頂けたら 大変、嬉しく感激です! 頂いたサポートは、あなた様にまた、楽しんで頂ける 記事を書くことで、お礼をしたいと思います。 よろしくお願いします。