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”次はカスハラ対応。もうカタカナ対応ばかりで、何が経営だかよくわからんよ”
嘘か本当か、仕事で出会った医師が面白おかしく言っていた。
アルツハイマーの薬が保険適用となった際、アルツハイマーの患者が増えた、突然に。でも、当然だよね、薬がそこにあるならば、そう診断して、その薬を出せば、自分も、メーカーも稼げるものね。本当にアルツハイマーかは知らないけどね。。。
ありゃ、そんなことあるのですかね。
今日、お客様の社長さんから、連絡があった。カスタマー・ハラスメントについて学びたい。対策を準備し実行したい。社員に働きやすい職場環境を提供し続けたいから、と。
でも、話ながら、カスハラをカソハラ、カサハラなどと言い間違える。「もう、カタカナばかりでわからんよ。カタカナ対応していないと周りがうるさい。でも、昔から、自分なりに真摯に対応してきたつもりだよ。パワハラ、セクハラだって言葉が出る前から当たり前でしょ。産休だって、多様性だってそうだよ」
カスタマー・ハラスメント。ここ数年、流行り出しています。厚労省がマニュアルを出しましたし。でも、昔からお客様からの過大な要求や暴力的な言動はありました。ボクも人生で2回、お客の前で土下座しました。
組織よりも個性の時代、社員を大切にする時代、そんな”正しい”流れの中で、パワハラ、セクハラ、マタハラの3大ハラスメント、並びにモラハラ、それに次いでカスハラがランクアップ、そんな気がします。
何かに対して定義がなされると、「存在」になります。明確な「存在」に。そしたら、周知しやすくなり、記憶しやすくなり、会話しやすくなる。そして、その定義(「存在」)を活用することで、メリットが得られる層が発生してきます。
カスハラのような、経営/人事用語(カタカナ)はどんどん増える。
会社には、経営には、そんな多くの定義がなされるずっと前から、同じ課題は存在していて、あるべき経営は適切に対応してきた。でも、一部の(多くの?)経営がちゃんと経営してこなかったから、それじゃだめだよと課題認識を持ったアカデミアが注意喚起し、定義をつくる。あるいは、うまくやっている経営者の思考・行動を参考にしたら、特性が見えてきたので、それに対する定義をして、社会に周知していく。
セクハラ、パワハラ、マタハラ、カスハラ、モラハラ、ジェンハラ、ワークライフバランス、心理的安全性(サイコロジカル・セーフティ)、ESG、ビジョン、ミッション、バリュー、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン、レジリエンス、オンボード、DXなどなど、永遠に終わらない。カタカナがいっぱい。中には、心理的安全性のように日本語で流行る場合もあるけれど。とにかく何がなんだかわからない。。。
そして定義されたら、”専門家”が現れる。にょきにょき。ならば、その”専門家”に任せたらいいよね。どんどん増えるカタカナを全てを”専門家”に任せたらいいよね。だって、よくわからないから。でも、流行っているし、大切なんだものね、たぶん。。。
でも、だとしたら、経営には/リーダーには一体何が残るのだろう。自分で考えなくなってしまって、自分の会社をこんなカタカナが出るたびに枠にはめて”専門家”に任せて。さて、自分は何をするのだろう。
一方で、こんなカタカナに振り回されず、こんなカタカナが定義される前から自分なりに気を付けて”正しい”経営を我が道で進んできたけど、カタカナが出てくると周囲が、我が道を許してくれない。
こんなカタカタが世間に周知されたら、それを要求する層が出てきてしまう。だから対応しないと事業にマイナス影響が出てしまう。なんだが無駄・非効率。そんなカタカナが出る前からちゃんとやってきたのに。。。
経営って難しいですね。
お読み頂きありがとうございます。
(v10_53)