知識・智恵・知能・知性(素敵なリーダーになりたい編_v4-88)
塩野七生さんの「海戦三部作」と呼ばれる、キリスト教世界VSイスラム教(オスマントルコ)の戦いを描いた歴史的事実に基づく3つの小説のひとつ「ロードス島攻防記」を読書。
歴史小説だけど、フィクションだけど、膨大な史料をもとにされていて、淡々表現で、読んでいて小説なのか、ノンフィクションなのか混乱してくる。これが、デイビッド・ハルバースタムではないけど、題材が現代ならノンフィクション(ニュージャーナリズム)と言えるのかもしれない。
15年ぐらい前に読んで、ふとしたきっかけで今回、再度読む。面白くて一気に。
で、ちょっとした気づきが。昔は本の気に入った文章に線を引いていた。
で、この「ロードス島攻防記」では、それは「知識」になるところに線が多数。何年に何が起きた、その時の君主は誰か、その島はエーゲ海のどこにあるのか、エーゲ海のエーゲとはどういう意味か、どうしてこの首都はこういう名前なのか、とか。
でも、今回、気になったのは、史実というよりは、考え方。例えば:
「人間には誰にも、自らの死を犬死と思わせないで死ぬ権利がある。そして、そう思わせるのは、上にある者の義務である。」
「団長を選ぶまでは実に堂々たる選挙を行い、多数決の論理が支配するのだが、いったん決まれば、すべての最終決定権は団長に帰す。~。討議は交わしはするが、最後は団長が決定をくださし、他はそれに服従する」
「わたしは、勝った。だが、それなのに、あなたとあなたの配下のような勇敢で義に厚い人々を、その棲家からおいださなくてはならないようになってしまった事態に、心からの悲しみを感じないではいられない」
「二十八歳のスレイマンも、法というか礼儀というかを守るのが好きだったが、貴族の集団である聖ヨハネ騎士団も、この点ではよく似ていた。ただし、両者とも、騎士道精神を発揮するのは自分に都合のよい場合だけで、そうでないときは忘れて平然としていることでも共通していたのである」。
など。
知識より、考え方、に興味が移っているのかな、と思う。
1.「知識」とは、「言葉で表せるもの」であり、「書物」から学べるもの
2.「智恵」とは、「言葉で表せないもの」であり、「経験」からしか学べないもの ⇒ だから、「書物」や「文献」をどれほど読んでも、決して身につかないもの
3.「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力
4.「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力
田坂広志氏の「知性を磨く「スーパージェネラリストの時代(なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?)」(光文社)」から拝借。
上述で今回この本を読んで自分が惹かれた文章を、「知識」ではなくて「考え方」とボクが勝手に表現したとしても、本から学んだだけならば単なる「知識」となるのでしょう。でも、自分の「経験」からもそういう考え方を自分のポリシーとしようと思っていた際に、巧みな表現で後押ししてもらえたとしたら、それは「知識」ではなくて「智恵」と定義して良いと思う。また、自分のポリシーにしていると言っても、日々の仕事の中で忘れたり、実践できないこともあるから、思い出させてもらえたらそれは「智恵」と言っていいかなと。
そして、この「智恵」をポリシー、自分らしさとして蓄積していても、日々の職場ではその通りに判断して良いのか、自分のポリシーはそうだけど、ここはポリシーに反した方がよいのかも、と悩んでしまう。
もちろん答えなど無くて、結果が出る迄、その判断が正しいかもわからなくて。でも結果というものも、一体、どの段階で評価すれば良いのかも悩ましい。短期的には失敗でも中長期では成功になっているかもしれないし、逆も有りうる。Aさんには成功でもBさんには失敗ってことも。
答えはわからず。判断した後も悩む。それを理解しながらも、今、判断はしなければならないのだから、正しいのはこれだと腹を括って判断するしかない。そして判断しながらも悩む。
こんなことありますね。
この状態が、田坂広志さんの本から教えてもらう「知性」かな、と思えると、なんだか安心ですね。
「答えの無い問い」に対して、その問を問い続けて学ぼう学ぼうと思って、こんなを日々繰り返して、同時に色んな終わりなき問い続けが折り重なって。
これで人は、知性的(やさしく?)になっていく、って思えるのはありがたい。悩んでいるから知性的になるんだ、って。この考え方(智恵)は、勇気、気楽さ、ありがたさ、もらえる。
知性的になっていくから、関係する複数の仲間の気持ちにも敏感になるし、誰のどんな成長につながるのか、とか、社会により貢献できるのはどちらか、とか、会社の短期的利益以外のトレードオフも気にできる豊かさが得られるのですかね。
と、「ロードス島攻防記」から派生して、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力を付けて、知性的になりたいかな、と思った日曜日でした。
「素敵なリーダー」:
職場は利益だけを求める場所ではないですね。PL・CFの利益だけを求めて、その利益が成長すれば良いのですが、そうではないのが人間社会。社内の仲間や協力してくれる会社、お客様。そして、それぞれの個人個人。
リーダーは、会社の利益と、個々の利益と、個々の成長と、時にいずれか、時にバランス、時にすべてが失敗。選択に答えは無いから、「知識」・「知能」では解決できないですね。「智恵」を経験から得ながら同時に「知性」を高めないと。知性を高めるから、悩みながらも判断した後に、皆に利益・成長を提供できなくても、ケアできて、付いて来てくれるのでしょうね。
リーダーは、大胆で、勇敢で、挑戦的で、行動的で、誠実で、愛嬌があって、義理高く、慈悲深く、仲間を大切にして、規律的で、利他的。そしてなによりも知性的、そうありたいですね。
こんな素敵なリーダーになりたいですね。
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