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彼女たちの夢は続く、そして俺は犬のフンを踏む。

俺はいつからこうなってしまったんだろう。
気がつけば、いい歳になってそのまま年相応の行動と判断力を人並みに身につけてしまった。

一昨日の夜のことである。
私は仕事を残業しては、心身共に疲弊したうえ、お気に入りの靴が壊れてしまい、ブカブカのカパカパで歩きづらい状態で帰路についていた。

その日はダイヤの乱れか、なんなのか電車も遅延してしまい電車は30分待ち。電車がきたと思ったら満員の車内。乗り上げようとすれば、乗客たちが「お前乗るんかい」っと言わんばかりの顔で見てくる。ぎゅうぎゅうになりながらおっさんとキス寸前の密着度。プライバシースペースを完全に侵されて、ソーシャルディスタンスもクソもない。

ああ、今日は最悪の1日だ。
上手くいかない日というのはまったくもって上手くいかない。もうこれ以上の最悪が来ないように電車の天井を見上げては心から祈った。ポッケにしまったスマホをギリギリで取り上げては音楽をかける。
こんな日はやっぱりフラワーカンパニーの「深夜高速」に限る。ボーカルの鈴木さんのハスキーな声で

「生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる」と言われると今の心境にブッ刺さってしまう。

生きててよかった?そんな夜はどこだ?そんな日々をみんなみんな繰り返して生きてるんだから、諦めて日々を頑張るしかない。そう思える曲だ。「生きててよかった 生きててよかった 生きててよかった そんな夜を探してる」って俺も大声で叫びたい。そんな気分にさせてくれる。

「深夜高速」を7、8回繰り返し聴いてやっと最寄駅に着いてはぎゅうぎゅうの車内から開放され飛び出した。人と人が密着したせいでベタつく汗が噴き出して気持ちが悪い。私はさっさと改札を出て踏切を待つ。今さっき乗っていた電車が走り出すのを待っているとふと隣にいた二人組の彼女たちに目を奪われた。

二人は見るからにディズニーに帰り道であった。なぜなら2人で双子コーデをめかしこんでディズニーの袋を持っていたからだ。そしてなにより私は驚かされた。2人の頭にはミッキーのカチューシャがまだ着いていたのだ。

ミッキーのカチューシャがついてるだと!?
心の中で私は叫んだ。私の最寄駅は舞浜駅からせいぜい乗り換え合わせて1時間以上は乗ることになる。その時間をそして満員電車をミッキーのカチューシャをつけて平然と乗っていたのかと思うとビビり上がって鳥肌が立ってしまった。

ミッキーのカチューシャは夢の国だからこそ、成り立つ品物だ。普段使いできるものではなくドリームパワーに魅せられた私たちがその夢に乗じることでつけることができる。

その効力は夢の国にいる間だけ発揮してより開放的な気持ちへと我々をいざなってくれるが、夢の国を一歩でも出てしまえば、日常という絶望に羞恥心を煽られミッキーのカチューシャを取ることを余儀なくされる。

されると思わされていた!?
いつから俺はカチューシャを取らないといけないという概念に侵されてしまったのか、、、

踏切が開いて彼女たちはカチューシャをつけたまま歩き出す。たまたま帰路が一緒だったので自然とついていく。話はよく聞こえないがどうやら楽しかったみたいだな。そうじゃないといまの現状はおかしい。そしてまた驚かされた。彼女たちは駐輪場に停めた自転車を漕ぎ始めそして帰っていった。カチューシャをつけたまま。

彼女たちの後ろ姿は私には恍惚そのものに見えた。彼女たち振る舞いはまさに夢の国そのものだったのだ。
彼女たちはまだ夢の中を進み、歩んでいく。ふとフラワーカンパニー「深夜高速」の歌詞を思い出す。

「夢の中で暮らしてる 夢の中で生きていく」

「年をとったらとるだけ増えていくものは何?」

「年をとったらとるだけ透き通る場所はどこ?」

ああ、なんと俺は醜く年をとったものだな。
彼女たちがあまりにも輝いて見えてしまうのは自分という存在が彼女たちの恍惚さに比べてあまりにも暗く陰湿だからかもしれない。

俺はいつからこうなってしまったんだろう。
気がつけば、いい歳になってそのまま年相応の行動と判断力を人並みに身につけてしまった。

彼女たちのように人目を気にせず好きに対して素直にそしてもっと夢の続きを歩み抜くことがいつからできなくなってしまったのか。

今日が最悪の日と決めつけてはそんな日々を諦めて、「生きててよかった そんな夜を探してる」と嘆くような大人になってしまった。

そんな帰路の途中で目の前に犬のフンが落ちていた。今日の彼女たちがあまりにも光を放ち輝きを見せた分、バランスをとりたくなってしまう。

耳元でフラワーカンパニーが囁いてくる。

「いこうぜ いこうぜ 全開の胸で いこうぜ いこうぜ 震わせていこうぜ」

今日はとことん最悪と向き合おうじゃないか。彼女たちにはできない大人の輝き方を。

私は一直線に歩み寄ってカパカパの靴で思いっきり犬のフンを踏みつけては地面に擦り付けた。

ああ、今日は最悪だ。そして一言。

生きててよかった。

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