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作品によせて
しんと静かな龍野の旧市街地にいると、小鳥の声が聞こえた。
後ろに小山があり、前には川が流れている。
ここではかつて多くの人々が働き、ざわめきがあったはずだ。
なぜか、眼にみえるものから、音が響いてくる。
私の「記憶」の内に沈み込んでいるのは、曖昧な映像の映るスクリーン。
「風景と光景のあいだ」が順序もなく現われて、消える。
なのに、ここでは音が空間をつくり、すとんと「記憶」を入れてくれる。
「そうだ、あの部屋で赤い本を寝転がって読んでいた」。
その時に入り口越しに差し込む夕方の光と、通り抜ける風の音。
多くの喜劇と悲劇が繰り返される人の生。
私は記憶を背負い、この龍野の倉庫群のなかに佇んで物語を紡ぐことにした。
美しい言葉よりも、罵声を覚えてしまう性。
小鳥よ、そのさえずりで、個人の記憶を倉庫のなかで反射させ、こだまを蒼い空へと運んでくれるように。
2013年6月6日 筆
©️松井智惠
龍野アートプロジェクト2013 『刻の記憶』カタログ掲載文
作品:ビデオインスタレーションHEIDI53 " Echo "/ "None"によせて