オオカミ村その三
大天狗の悪戯
さてさて下界では、ヒュルリトントンチーラリラと、今年も祭囃子が奏でられています。優雅な調べは、山の中腹にあるオオカミ村にも響いてきました。「ナルミさん、あんなニュルヒュルへなちょこな音じゃ、あいつらきっとろくなもの食っちゃいないよ」と、オオカミ村の下っぱボジが二番頭のナルミに言いました。「あちらには、あちらのしきたりってのがあるんだから、放っといてやればいい」。ナルミは、オオカミ村の夏祭りで歌う新曲のことばかり考えていたので、ボジを放っておきました。
「ナルミさんは歌がうまいからなあ、楽しみだよ。でもぼくはどうしよう。歌うとしたらあれしかないし、ふう」と、ボジは少しすねてため息をつきました。
オオカミ村の夏祭りに、今年も大天狗がやってくるというので、一等はじめ皆は、なみなみならぬ騒ぎになっていました。「大天狗の好物はなにぞ?」と悩み、下っ端のオオカミたちは、ぐるぐる走りまわってご馳走の支度で大忙しです。そりゃあ、ご機嫌をそこねてはいけませんから。オオカミ村を率いる一等さんは言いました。「去年はえらい目にあった。下界の人間に食べ尽くされて、鱧の尻尾しかお出しできんかった。そりゃあもう、ご機嫌がわるくなられて、冬越えの木の実をみんな持って帰られてひもじかったのう。コリゴリじゃ」。大天狗は鱧が大好物なのです。今年は抜かりなしと、ご馳走の準備もすっかり整い、氷室まで冷やした鱧とオオカミ酒を取りに走り出したオオカミ達は大はしゃぎです。
氷室の氷はおいしいお酒になり、立派な鱧も平らげた大天狗は、「今年の夏祭りは格別じゃった。オオカミ村も、いっぱしの村じゃ」と、夜の暗闇に消えて行きました。大天狗はちょびっと悪戯がてら、オオカミ酒に「毛繕い」の薬をいれておきました。オオカミ達は全員集まって、互いの毛がもつれたあげく、大きな毛玉になってしまいました。酔っ払って寝ているところへ、ぽつりと、冷たい雫が一滴、また一滴。あっと言う間に暗闇の空から、冷たい水が滝のようにまっすぐ流れ落ちてきました。「ぎゃう、ぎゃう、ぎゃう!」と、気が付いたオオカミたちは暴れだしました。オオカミたちは、一匹、二匹ともつれた毛玉まりから抜け出してきました。中には、のんびり屋のボジのように、かなり苦労している者もおりました。水滴を舐めたナルミは、この香りに覚えがありました。もともとオオカミ村で生まれていないナルミは、ふと何かを思い出しそうになりました。そうこうするうちに、どんどん水は増えてオオカミ村を覆って行きました。「逃げないと、これは危ないじょ!」と、ボジは一番先に岩場に駆け上がっていきました。「一等さんは、お歳だから、早くみんなで」。よいしょ、よいしょとオオカミ達が一等さんを担いで泳いでいるうちに、みるみる水たまりは池になってゆきます。ナルミは、水の中に浮き出た岩の上に一匹だけ残っていました。皆が無事に岸に上がった後に、ナルミは池の中で泳ぎだしました。透明なとても良い香りに包まれて、ナルミは池の底に潜って行きました。「トクトクトク」と心臓のおとが聞こえます。これは僕の胸の中なのか、池の中の誰かのものなのか。ナルミはじっと耳をすましました。「ナルミ、あなたはお兄さん・・」と微かな声が聞こえました。ナルミは懐かしくてぎゅっと胸を掴まれた思いを振り切って岸辺へ戻って倒れました。
「ナルミさん!起きてったら。お祭りは終わり!」とボジは何回も大声で叫びました。ナルミは、オオカミ酒をしこたま飲んだらしく目が覚めません。「こうなったら、ボジに歌ってもらうしかないな」と、オオカミ達は耳を塞ぎました。「おっひさま〜はピッカピカ!」「おっひさま〜はぽっかぽか!」ボジは短い足を踏ん張って必死で歌いました。「ぎゃっ!」とナルミが体を宙に浮かせて目覚めました。「ああよかったよ、ほんとに目を覚まさなかったらどうしよう。みんな心配で」と、ボジは泣きじゃくり出しました。オオカミ達は、地面で干物のようにぺったんこのままです。みんな気絶していました。「わしは耳が遠くての、もうそれほど聞こえんのじゃから、大丈夫じゃ。それにしても相変わらずのすとこことんな歌じゃ」と、一等さんがニコニコと笑いながら近づいてきました。「ボジの歌も大いに役に立つのう。良い歌じゃ」ボジは初めてほめられて、嬉しくなりました。
2021年2月17日改訂 「大天狗の悪戯」