見出し画像

「おもいだせない、おもいだせない」


 おもいだせない、おもいだせない。あれらは記憶のどこにあるのだ?混濁した精神を引っ掻き回してみても、でてくる気配がない。だめだ、あれらは記憶されなかったのか?それとも「おもいだす」事がふさわしくないのか?10月17日土曜日に起こったあれらは、まさに「記憶」についての語り部であり、芸術の領域を拡張した二名のポーランドの芸術家についてのレクチャーだったはずだ。
 おもいだすのが困難ならば、もう一度追い求めてみるべきか。催しの合間に流したグレツキの「古い形式による3つの小品」の音を手がかりに。
https://youtu.be/Wb73v05adG4?si=UWCY-o_ZMVTWBqYV


 「ポーランドの精神世界:生と死を巡って〜カントルとバウカ〜」は、約7時間にわたり、催された。
 前日は、アポリアのメンバー殆どで設営に入った。第一部の映画上映のためには、レクチャールームを映画観賞が可能な状態にしなければならなかった。まず、上映用に新しくスクリーンが、レンガ壁面に取り付けられた。プロジェクターは、観客の目に入らないように吊り、座席は大きな台を階段状に組み上げることになった。これで画面はずっと見やすくなる。こういった設営は、レクチャーに集中してもらうための、見えない要だった。展示室には、カントルとバウカ展のカタログ、関口先生、加須屋さん持参の関連資料を並べた。

 当日、第1部「立ち去らないタデウシュ・カントル」は、「ヴィエロポーレ・ヴィエロポーレ」の津田さんによる日本語字幕付本邦初上映で、始まった。一時間半にわたる字幕操作を、津田さんは正確に終えた。リハーサル時から数回観ているものの、字幕があることで、カントルの演劇世界が克明に迫る。生と死にまつわる、カントル自身による記憶の反乱。最後にカントルがテーブルクロスを剥ぎ取り、舞台奥へと去るまで、注視せざるを得なかった。

 「死の教室」の一部上映と共に、関口先生による明快な解説が始まった。カントルによる影響が、先生自身にとって多大なものであることをまず話された。第一級の研究者であるにもかかわらず、親しみ深い人柄を感じさせる。「死の教室」の映像では、設営した狭い階段状の観客席と同様の舞台を見る。しかも劇場ではない場所での上演である。今では当たり前になっている手法の多くは、ある必然によって、カントルという希有の芸術家の手に与えられていたことが伝わってくる。津田さんも交えての質疑応答では、初めてカントルに接した観客からの問いかけも多くあった。


 濃密な第一部の緊張感を持続したまま、第二部MB-still aliveへと入る。ここでは、ミロスワフ・バウカという作家を通して、加須屋さんの芸術観を充分聞く機会となった。それは、願っていたことであり、彼女の発言を引き出したバウカの作品や、質問者に感謝しなければいけない。バウカは、加須屋さんが長きにわたって、研究されている現代の美術家だ。初期の作品から、最近作までをスライドを使い、加須屋さんは、バウカの作品が彼自身の「記憶」と親しく結びつきつつ、影を帯びたユーモアを含んでいることを伝えてくれた。バウカ本人が出演している5分ほどのビデオは、彼のアトリエや街を舞台に、生い立ちから作品との関連まで本人が語り、バウカ入門にぴったりのものだった。

 第一部、第二部ともに、途中で去る観客も少なく、緊張感が保たれたまま、レクチャーは無事終了した。いよいよ映像作家、田尻麻里子さんによるポーランドの街並み上映と共に、ポーランド料理の晩餐へとなだれ込む。本格レシピより吉田裕子さんによって作られたピエロギ、ブラツキ、ビゴス、等々は、長時間の緊張もうちほどけて空腹の講師の方々、観客、スタッフを、食卓へと殺到させた。

 今一度追い求め、ようやく時間を綴っても、なぜか「おもいだした」気持ちにならない。「おもいだす」ための「忘却」に抗うカントルもバウカも「立ち去らず」にいるのか。あすも、そして、いまも、かつて、ここに。

            (アントルポッの放課後メンバー 松井智惠)
                        2004年2月26日 


✳︎上記のエッセイは、大阪アーツアポリア企画にて行われた、以下の講演会の記録冊子に寄せたものです。大阪アーツアポリア2003年度ドキュメントブック P7,P8掲載原稿。

©️松井智惠              2023年10月1日改訂



■ Lectures at the Entrepot 2003《出来事の風景》
その10 ポーランドの精神世界:生と死を巡って〜カントルとバウカ〜
関口時正(東京外国語大学教授/ポーランド文化論・2004年当時/現在東京外国語大学名誉教授)
加須屋明子(国立国際美術館・学芸課主任研究官・2004年当時/現在京都市立芸術大学総合芸術学科教授)
2003年10月18日(土)第1部14:00~17:00/第2部17:45~19:00

■第1部「立ち去らないタデウシュ・カントル」(90分)
ビデオ上映『ヴィエロポーレ・ヴィエロポーレ(日本語字幕・津田晃岐)』
『死の教室』(一部分のみ)
レクチャー「立ち去らないタデウシュ・カントル」(関口時正)
 第2部「MB-still alive」
レクチャー「MB-still alive」(加須屋明子)

*大阪アーツアポリア
https://archives.nakka-art.jp/agents/corporate_entities/6

                       

いいなと思ったら応援しよう!