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東日本大震災

家を建てて5年で震災に遭った。
テーブルの下に息子と娘と入り、
家の中のものが倒れたり壊れたりするのを見た。

私は頭から火柱が出そうな強さで念じた。
子供達と夫、この部屋が無事であることを。

海を目の前にした家だったので、
義父と夫は自分たちの職場を優先した。
私は子供と義母を連れて避難をした。

翌日、避難所に夫がボロボロの姿で来た。
家は残ってるけどもうダメだと言っていた。

瓦礫をかき分けて、二人で自宅に戻った。
義父母の住む1階は瓦礫となった。
私達の2階は浸水したが残っていた。
暮らすことはできない…。

不謹慎だけど
私はこの時、心底思ったんだ。
これで義父母との生活から解放される。
神様は、ちゃんと見てくれていて、
どんな形であろうと、私の願いを叶えてくれた。

私のもう一つの願いは
悟りを開くことだった。
苦しい義父母との生活で、喉から手が出るほど
辿り着きたかった境地だ。
もう十分に苦難を味わったと思った。

すぐにでも、家を再建し孫と共に暮らしたい
と切望する義父母。
夫は仲間と暮らせる地元のコミュニティに
ずっとこだわった。

義父母が前の家の保険金から、
災害の支援金を握っていた。
相変わらず、夫は低給料のままだった。
再建するにも、同居以外は考えられないほど
お金を握られていた。

悟りさえ開くことができれば
義父母とも、一緒に暮らせる気がした。

避難所から借り屋へ、
そして仮設住宅の暮らしが約8年続いた。
地元の復興は遠い道のりだった。
私の心の準備も同じ期間かかっていた。

その間に、私は仮設店舗を開き、
自分で充分な収入を得るスキルも身につけた。

義父母はお金を握ることで、私たちを支配し
依存し続けようとしているのはわかっていた。

その支配から、精神的に逃れたかった。
その反骨精神が、私を強くしてくれた。
逆境は人を強くするのは本当だと思う。

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