良いも悪いも言い方次第 もやる言葉はリフレーミング!
もやもやする言葉ってありますよね
目にしたり耳にするともやもやが沸いてきて、しばらくは楽しい気分になれそうにもない。そんな困った言葉たちのことです。
放送禁止レベルの強烈な言葉なら見聞きする機会は限られますし「そんな言葉、口にする方がどうかしている」と割り切ることもできます。
しかし、もやる言葉が日常でも普通に使われているなら出会う頻度も多いです。
その場合はもやもやのたまる速度が半端ではありません。
職場で、学校で、電車の中で、お店で流れる曲の歌詞の中で...。
もう、速攻でもやもやゲージがMAXです。
そんなもやもやを解消するための方法として、言葉の「リフレーミング」はどうでしょうか?
リフレーミングとは
そもそもリフレーミングとは何かというと「捉えなおす」とか「違う視点で見てみる」ということを意味する言葉です。
リフレーミングとは(wikipedia)
例えば、水が半分入ったコップに対して
「半分しか水が入っていない」と捉えることも「半分も水が入っている」と捉えることができます。
「コップに水が半分入っている」という事実は変わらないのに、まるで異なる印象を受け取ることが私達には可能なのです。
ポジティブシンキングと少し似ていますが、リフレーミングで重要なのは「事実を事実として受け止めた上で、別の視点で考える」ということです。
「自分はネガティブ(不都合)な事実もしっかり受け入れている」
という納得感が生まれやすいので、ポジティブシンキングよりしっくりくる人も多いかもしれません。
実践!言葉のリフレーミング
では、リフレーミングがどういうものかについて触れたところで本題に戻りましょう。
もやる言葉のリフレーミングをしてみます。
言葉も角度を変えて見ることで印象がガラッと変わることがあるんです。
試しに、私が苦手な「無能」という言葉でリフレーミングしてみましょう。
私は「あいつ無能だから」なんて言葉を耳にすると、自分に向けられたものではなくてもいたたまれなくなります。
「無能と言われて蔑まれている人」「他者を無能認定して優越感に浸っている人」を想像しちゃって、悲しくなったりむかむかします。
たいていこの言葉は「ある領域において、能力が劣っていると判断された人」に対して用いられます。
この「ある領域において、能力が劣っていると判断された人」ってつまり、「十分な能力が備わっていない領域が存在する人」ってリフレーミングできませんか?
さらに進めるなら「できないことがある人」になります。でもそれって、普通のことじゃないですか?
「できないことのない人間」なんていませんよね。
つまり「無能」という言葉は「普通の人を指す言葉」と、私はリフレーミングしました。
「無能」と呼ばれている人は、ただ当たり前に存在するできないことを見せてしまっただけ。
「無能」と呼ぶ人は、ただ当たり前に存在する他人のできていないことを見つけただけ。
そう考えると、「あいつマジで無能でさ~」なんて会話を聞いても、もやらずに聞き流せそうです。
言葉なんて、すごく曖昧なもの
どうでしょう、なんとなく言葉のリフレーミングについて分かってもらえたでしょうか。
今回この記事を書いたのは、言葉って本当に曖昧で「良いも悪いも言い方次第」だと感じたからです。
発言者の都合によって美を醜にすることも、悪を善にすることも自由自在です。
「なんでも自分に都合が良いように解釈しよう!」と言いたいわけではないです。
だけど世の中の言葉を全て真正面から受け止めていては、発言者に振り回されて疲れてしまいます。
私自身うまくリフレーミングできない言葉がたくさんあり、人に教えるような立場ではありません。
だけど「言葉を違う角度で観察してみる」感覚のほんの少しでもお伝えできていたら嬉しいです。