試し読み:『ダークパターン』冒頭部分
2024年5月に刊行した『ダークパターン:人を欺くデザインの手口と対策』(ハリー・ブリヌル著、長谷川敦士監訳、髙瀨みどり訳)より、「プロローグ」と「1章 人を欺くデザインとは」の冒頭部分をご紹介します。
世界的に問題視され始め、日本でも今注目を集める「ダークパターン(ディセプティブパターン)」の名付け親であるハリー・ブリヌル氏が、欧米のさまざまな事例を紐解きながらその全貌と、国を挙げての規制強化、今後の展望を解説するデジタル時代のクリーンなユーザー体験への手引きとなる一冊です。
プロローグ
彼らの表情からは何も読み取れない。2021年3月のとある木曜日の午後、第117議会の通信・技術小委員会が、オンラインで合同公聴会を開いた。そしてその日の「偽情報国家:過激主義と誤報を促進するSNS」というセッションで証言するために、世界トップレベルの影響力を持つ3人―スンダー・ピチャイ氏(GoogleのCEO)、ジャック・ドーシー氏(TwitterのCEO)、マーク・ザッカーバーグ氏(Facebookの会長兼CEO)―が一堂に会していた。
それは、待ちに待った瞬間だった。映像はリサ・ブラント・ロチェスター下院議員に切り替わる。彼女はダークパターンについて説明し、それを「ユーザーを騙すために意図的に作られた、欺瞞的なユーザーインターフェース」と定義した。そしてピチャイ氏、ドーシー氏、ザッカーバーグ氏にこのような質問を投げかけた。
ユーザーを騙し、意図的に操って個人情報を提供させるようなデザイン技術を禁止する法の制定には反対ですか?
カメラが3人それぞれの顔を映すと、議員との違いが露わになった。ロチェスター議員が木製の小さなブースの中で、解像度の低い小型のウェブカメラで撮られているのに対し、CEOの3人は明らかにスタジオの中で、プロによる照明、カメラ、マイクを手配されていた。
「もちろん、この領域について何らかの規制は必要だと思っています」とピチャイ氏が頼もしい言葉を返した。
ドーシー氏はただ「いいと思います」と短く答える。
一方ザッカーバーグ氏はもう少し茶を濁すような言い方をした。「議員さん、方針はいいとして、問題は具体的なところではないですか」
彼の言葉はロチェスター議員との対立を煽るようだ。それを受けて議員は、より率直に聞くことにした。「わかりました。ザッカーバーグさん、あなたの会社は最近、インターネットがこの四半世紀で遂げた発展について、大規模な広告を打ちましたね。いい広告です。それはこんな言葉で締めくくられていました。『今の私たちにふりかかる問題に合ったインターネット規制を支持しています』。ですが残念ながら、あなた方が視聴者に見せた提案には、ダークパターンやユーザーの心理的操作、欺瞞的なデザインについて一切触れていません。ザッカーバーグさん、これからは欺瞞的なデザインも、あなた方の目指すよりよいインターネット規制の対象に含めるつもりはありますか?」
ザッカーバーグ氏は一瞬、躊躇した。「議員さん、それについては……考えておきます。一見したところ、今は、他にもっと急を要する問題があるような気がするので……」
そろそろ5分のタイムリミットが迫っていたロチェスター議員は、彼の言葉を遮るように締めくくりのスピーチを始めた。「私たちが今4直面している問題を取り上げる意欲があると仰いますが、ダークパターンのような欺瞞的な行為の問題は2010年から存在しています。ぜひ調査してください。[…]子供たちも[…]シニア世代も、退役軍人も有色人種も、私たちの民主主義そのものですら危機に瀕しているのです。私たちは行動を起こさなければなりません。私は―いえ、私たちが保証します。必ず行動を起こすと」
感動的なスピーチだったが、CEOたちはすべての手札を抱え込んだままだ。規制が変わるときがやってきたと知りつつも、手放すものは最低限に留めたいというのが本心だろう。
リサ・ブラント・ロチェスター議員の宣言は実に的を射ていた。ダークパターンの概念は2010年に現れた。なぜ知っているかというと、私が作った言葉だからだ。とは言えここまで広まると知っていたなら、もっと深く考えて名付けていただろう。2010年の5月にキッチンテーブルで、ボールペンを握りながら考えたのを覚えている。私は次のカンファレンスで話す内容をまとめていて、このテーマについて書くのは初めてだった。最初は「20分も話すような内容じゃないのでは」と思っていたが、調べれば調べるほどこのテーマの深さに気がついた。ユーザーを騙す手口やテクニックは至るところに蔓延っていたものの、当時それを問題視して声を上げる人は誰もいなかったのだ。
あのときから、状況は大きく変わりつつある。
第1章 人を欺くデザインとは
2010年に、私は「ダークパターン」をこう定義した。「ユーザーを騙して、たとえば、品物の購入時に保険に入らせたり、定期購入を契約させたりなど、特定の行動に誘導するため慎重に設計されたユーザーインターフェース」と。
この定義は今や少し古いため、最近は「ディセプティブ(人を欺く)パターン」という言葉を使うようにしている。より賢そうな言い方をするなら「ディセプティブもしくはマニピュラティブ(人を操る)パターン」になるが、長ったらしいためこの本では両方を指して、シンプルにディセプティブパターンと呼ぶことにする。
当時、人を欺いたり操ったりするUIデザインについて詳しく調べていたのは私くらいのものだったろう。それが13年経った今、ヒューマン・コンピューター・インタラクション(HCI)研究者や法学者をはじめとした多くの人たちの注目を集め、多角的に研究される一大分野となった。もちろんすべてが私のおかげと言うつもりはない。最初のきっかけを作り、初めに十数個くらい用語を作ったのは私だが、その後は主に教育者として、あるいは活動家や推進者としての役割を担ってきた。この問題を世に広め、これを行っている企業の名を知らしめて非難し、そして法や規制の整備と取り締まりなどの行動を起こすよう働きかけてきたのだ。
それでは、どのようにして企業はデザインを利用し、ユーザーを操って利益を得るのだろうか。まずは物理的な例――空港を利用したときのケースから見ていこう。ロンドン・ガトウィック空港から飛行機に乗るときは、「遅くとも出発の2時間前には空港に到着し、チェックインと保安検査のために十分な時間を確保する」ように推奨されている。しかしこの空港では、保安検査を通過したあと直接出発ラウンジに向かうことはできない。旅行に全くもって関係ない行動を強制され、注意力と体力と時間を消耗させられるのだ。飛行機に乗り遅れそうで急いでいたとしても、それを避けて通ることはできない(図1‐1)。
業界では、これを「通り道を強制した」店舗レイアウトと呼ぶ。実際は腹の中に詰め込まれた腸の如く、長方形のフロアにただ長く曲がりくねった通路を詰め込んだだけの店舗レイアウトなのだが、旅行客は強制的に通路の入り口から出口まで歩かされる。曲がりくねった通路はビジネス的に都合がいい。商品ディスプレイが必ず客の視界の中心に入るため、そのエリアを通り抜ける際どうしても売り物を見てしまうようになっているのだ(図1‐2)。
さて、航空券と規約に目を向けよう。これらの文書には、出発ラウンジへ入るのに店で香水やら美容品やら酒やらを見て時間を使わなければならないとは、一言も書かれていない。空港からは、少なくとも出発の2時間前には到着しているよう案内されている。だが、もしも本当に空港が時間的な効率を一番に重要視しているのならば、保安検査場と出発ラウンジの間に通り道を強制したレイアウトの店を配置して、そこを必ず通らなければならないような造りにはしないはずだ。
これがまさに、ビジネスにおいてデザインを利用して客を操り、何かを強制しているいい例だ。企業側は利益のために意図的に通り道を強制したレイアウトを採用しているにもかかわらず、それを客に伝えずにただ2時間前に来るようにとだけ案内し、しかもその工程を飛ばす選択肢を与えないところは、やや騙し討ちのようだとも言えるだろう。
この例では、旅行客が受ける影響はたかが知れているし、被害があるとも言えない。何より面倒というだけだ。しかし毎年4000万人以上がガトウィック空港を利用することを考えれば、このように設計されたわけにも納得がいくだろう。人の心理を操作するような設計によって、たった数パーセントでも買い物をしてくれる客が増えるだけで、空港は店に巨額のテナント料を要求でき、テナントとの関係にもうまみが生まれるのだ。
オンラインなら尚更、客を操り騙すのが容易になる。設計者がもっと多くのことをコントロールできるからだ。目にするものすべてがバーチャルだと、利益率を上げるためにあらゆる工作が可能だ。1つ、ウェブサイトに見られるディセプティブパターンの例を紹介する。きっとあなたも、何かのサービスに登録するとき同じようなものに遭遇した経験があるだろう。
……
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原書はこちら。
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