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試し読み:『UX実践者のためのプロダクトマネジメント入門』監訳者まえがき

2024年5月28日刊行の『UX実践者のためのプロダクトマネジメント入門』より、本書の監訳者 及川卓也氏による「まえがき」を紹介します。

「本書の使い方」と「はじめに」の試し読みもこちらで公開しています。併せてぜひお読みください。


監訳者まえがき

──及川卓也

日本においても、プロダクトを成功に導くプロダクトマネジメントの重要性が徐々に認知され始めている。プロダクトマネージャーという専門職を設置する企業はまだ多いとは言えないが、その重要性を理解した企業間では激しい人材争奪戦が既に始まった。本書は、そのようなプロダクトマネージャーに興味を持ち、将来的に自らがその役割を担うことを目指すUX担当者に向けたものだ。

私の周りにも、実際にUXデザイナーからプロダクトマネージャーに転身した知人がいる。彼が最初に担当したプロダクトは、UXの強化が急務だった。そのため彼に白羽の矢が立った。当初はUXを中心としたプロダクトマネジメントに従事していた彼であったが、徐々に技術やビジネスに関する知見も深め、プロダクト全体に対しての正しい意思決定ができるように成長した。現在はUXの専門性を保持しつつ、プロダクトや事業全体を見渡す能力を身につけ、CEOの右腕とも言える存在へと変貌を遂げた。UX担当者だったときにも、そのパッションと高い創造性で周囲を巻き込んでいた彼であるが、今はプロダクトマネージャーとしての新たな領域でも充実した姿を見せている。

しかし、現状はこの知人のようなUX出身のプロダクトマネージャーはまだまだ少ない。VOC(顧客の声)の管理および製品企画クラウドサービスを提供するフライルは毎年日本のプロダクトマネジメントの動向調査を行っているが、その最新調査結果である「Japan Product Management Insights 2023」によると、プロダクトマネージャーとして活動する人材の中で、エンジニア、プロジェクトマネージャー、セールス出身者がそれぞれ15-20%を占めている一方で、デザイナー出身者はわずか2.2%に留まっていることがわかる。これは、プロダクトマネージャーがUXと技術とビジネスという三領域についての知見を持つことが要求されていることを考えると、いかにもアンバランスである。結果として、日本におけるプロダクトが技術とビジネスだけに偏るようなことが起きてしまっている可能性も否定できない。

UXとプロダクトマネジメントの関係

そもそも日本では、プロダクトマネージャーよりもUXデザイナーやUXリサーチャーの方がより広く認知されているかもしれない。実際に、「UX」という用語自体も「プロダクトマネジメント」と比べて、より一般的に知られているであろう。これは、近年、日本の企業においてデザイン思考が広く受け入れられてきたことと無関係ではない。しかし、プロダクトマネジメントの枠組みなしでUXを追求することは、本末転倒だ。ユーザー体験は、プロダクトが提供する価値に大きく寄与するが、その価値はUXだけで成立するわけではない。プロダクトマネジメント無しのUXは行き先の決まっていない船に優秀な船員だけが搭乗しているような状態だ。

プロダクトの全体像を把握し、戦略的な意思決定を行うプロダクトマネジメントがあって初めて、UXはその真の力を発揮することができる。日本企業も、UXの推進と並行して、プロダクトマネジメントの重要性を理解し、その役割を拡大していく必要がある。UXとプロダクトマネジメントは相互に依存し、補完しあう関係。それぞれが協力し合うことで、ユーザーにとって最高の製品やサービスを生み出すことが可能になる。その点を考えると、UXに知見を持つ人材のプロダクトマネージャーへの転身は増えていくことが期待される。

プロダクトマネージャーのやるべきこと

さて、プロダクトマネージャーに求められる役割の中で最も重要なのは、プロダクトに関する判断を下すことと言えるが、この判断の粒度はさまざまで、大規模な事業レベルの判断から、日々の「このバグを修正するかどうか」や「この顧客の意見を採用するかどうか」といった具体的な決定に至るまで幅広いものがある。しかし、日本のプロダクト開発現場では、「誰がこの判断をするのか?」という問いに対し、明快な答えが得られないことがしばしばある。合議制で決めている場合や、意思決定者として非常に職位の高い人の名前が挙がることもあるが、それではメリハリの効いた、スピーディーな判断を下すことは難しい。

プロダクトマネージャーの日常は、コンフリクトやトレードオフの連続。これらを整理し、適切な判断を下すのがプロダクトマネージャーの重要な役割だ。UX担当者やエンジニアなど、特定の領域に専念している者たちは、自分の専門分野外の事項について決断を下すことに慣れていないため、いざ「決めろ」と言われると困難を感じるかもしれない。しかし、プロダクトマネージャーとなったからには、強い意志を持つと同時に仲間からの信頼を勝ち得る必要がある。

こう聞くと、そんな人間には自分はなれないと思われるかもしれない。しかし、まさにこれがプロダクトマネージャーの仕事の醍醐味。プロダクト全体を見渡し、多岐にわたる要素を考慮しながら最適な判断を下すことで、プロダクトや事業を前進させ、成功させることができる。プロダクトマネージャーの仕事の大半は地味で、他職種ではカバーできない特異な課題を解かなければいけないような、難易度の高いものだ。長年プロダクトマネージャーとして従事した私の知人は、95%はそのような報われないかもしれない仕事だが、その先のわずか5%ほどの光を求めて進むことができる人がプロダクトマネージャーに向いていると言っている。まさにその通りだ。

この点で、一つ取り上げたいトピックがある。プロダクトマネージャーはしばしば「ミニCEO」と称される。私もこのような説明をすることがある。プロダクトマネージャーの役割の広さと重要性を強調するためだ。しかし、このような比喩はプロダクトマネージャーコミュニティ内で時として強い反発や反論に会う。実際、本書でもプロダクトマネージャーをCEOに例えることには賛成していない。CEOが組織の全体的な予算管理、人事権、そして全社員からの最終報告の受領という広範な権限を有しているのに対し、プロダクトマネージャーはビジネス上の責任を負うものの、そのような広範な権限は持ち合わせていないからだ。

本書ではプロダクトマネージャーの役割がCEOと異なり、むしろ「なんでもやる」泥臭い仕事であるとも述べられている。成功へ導くためには、どんな仕事も積極的に行い、チームの謙虚なサポーターとして自らを位置づける必要があるとされている。しかし、実際には、これは、CEO的な役割と矛盾しない。私がプロダクトマネージャーの役割を「CEO的」と表現する際には、特に創業間もないスタートアップの創業者のような立場であると説明する。創業間もない企業では、必要なメンバーもまだ揃っておらず、取り組むべき課題が山積している。創業者は落穂拾いのように、必要なことは何でも手掛ける必要がある。自分で手を動かすか、メンバーに指示を出す。時には外部に委託することを決めなければならない。が、このような役割はまさにプロダクトマネージャーと同じだ。

つまり、プロダクトマネージャーはプロダクトの奉仕者であり、そこに求められるのはプロダクトとプロダクトチームを最優先に考えるサーバントリーダーシップのスタイルである。「プロダクトのCEO」という言葉が独り歩きする傾向があるが、本書の読者には、大企業よりもスタートアップのCEOをイメージして頂くと良いであろう。

このように、泥臭い仕事であるという現実の一方、プロダクトマネージャーにはビジョンを共有し、チームメンバーをそのビジョン実現のために動機づける変革型リーダーシップも求められる。別の言い方をすると、プロダクトマネージャーは一種の猛獣使いなのだ。おとなしい猫かと思っていたら、言ったことを絶対に譲らないライオンだったというエンジニアがいたり、目を離したすきに皆と別な方向に進み始めている亀の子のような広報担当者がいたりする。こういうクセのある集団をビジョンで動機づけし、まとめ上げていくこともプロダクトマネージャーの役割である。

プロダクトの「価値」をどう生むか

すでに説明したように、プロダクトマネージャーはプロダクトの成功に責任を持つ職種であるが、プロダクトが成功している状態とはプロダクトの利用者であるユーザーに価値が提供でき、その対価を得られている状態である。

「価値」を考える際には、「誰にどうなって欲しいのか」という問いが重要だ。価値を提供する対象となる顧客を特定し、その顧客が求める理想の状態を理解する。顧客がその理想の状態に到達するために、自らの資源(お金を含む)を投じる意欲があるかどうかが、プロダクトの価値を測る基準となる。

しかしながら、顧客に真の価値を与えることは、容易ではない。市場のニーズを的確に捉え、それを満たすプロダクトの特徴や機能を定義し、開発する過程は、多くの課題と不確実性に満ちている。顧客のニーズや期待は常に変化しており、それに応じた価値を提供し続けることがプロダクトマネージャーには求められる。

私自身もプロダクトマネージャーとして、顧客に価値を提供する使命の難しさを日々実感している。顧客側に立って考えた時、「私がこのプロダクトにお金を払いたいか?」と自問自答することがある。この顧客がプロダクトにお金を払ってでも得たいと思う価値を提案、そして提供するためには、顧客理解や市場動向の把握、適切な技術の選択などが必要であるが、それだけでは十分でない。時には直感にも頼らなければならない。プロダクトマネージャーは、これらすべてを考慮しつつ、最適な判断を下す責任を担う。

キャリア転身を成功させるには

このように、プロダクトマネージャーの役割は、プロダクト全体の成功を導くための重要な判断を下すことだが、この役割を果たすには、UXやエンジニアリングのような特定の専門分野だけでなく、プロダクトに関わるすべての領域に対する広い理解と判断力が必要となる。実際、本書では、UX担当者がプロダクトマネージャーになる際に、デザイン作業にとどまらず、より広範なプロダクト管理のスキルを身につけるべきであることを指摘している。別職種にキャリアを変更すると、つい以前の職種のときのスキルを最大限に使おうとしてしまう。その方が見た目の成果は出せるからだ。しかし、それではキャリア変更は成功しない。マインドセットを変え、必要なスキルを獲得していく必要がある。

私はエンジニアからプロダクトマネージャーに転身した人間であるが、この考え方は、エンジニア出身者にも同様に適用される。エンジニア出身のプロダクトマネージャーもまた、技術的な知見だけでなく、ビジネスや顧客のニーズといった幅広い分野について理解し、判断しなければならない。私自身もそうであったが、エンジニアは技術以外への興味関心が乏しく、特にビジネスに対しては、お金のことを考えるのが面倒臭かったり、ビジネスのことを考えることがユーザーへの価値訴求を阻害するかのように感じる傾向がある。UX担当者にも似た傾向が見られるのではないかと思う。しかし、実際にはすでに述べたように、価値への対価を得ることがプロダクトの成功であり、これによりプロダクトを継続的に進化させることができ、ユーザーに対してもさらなる価値を提供することに繋がるのである。

日本においては、デジタル人材の不足が深刻であり、プロダクトマネジメントとエンジニアリング、あるいはUXを兼務しなければならない状況がしばしば見られる。このような兼務は、可能であれば避けるべきだ。それぞれの領域の利害が一致しない場合があり、異なる視点からの議論が、妥協を許さない質の高い結論を導き出すためには不可欠だからだ。

しかし、どうしても複数の役割を兼務しなければならない場合もあろう。その場合は、自分がどの立場から考え、発言しているのかを明確にすることが重要である。そして、その立場を周囲にも明確に伝えることで、プロダクトチーム内の透明性を確保し、ぶれない一貫した方向性を示すことが可能となる。

UXの専門性を強みに

現代社会と企業は、不確実で複雑な多くの課題に直面しており、これらの課題を的確に発見し、新規性のある解決策を見出すことが求められている。課題の発見自体が容易ではなく、潜在的な問題を明らかにする能力もまた重要である。この過程において、UXが重要な役割を果たす。UXの専門知識を持ち、技術やビジネスの側面からプロダクトを総合的に考えることができる人材はプロダクトマネジメントにおいて不可欠だ。UXからプロダクトマネジメントへのキャリア転身に興味を持つ方々はプロダクトマネジメントを通じた変革を推進する者とも言えよう。本書は、そのような方々の新たな可能性を探るため、そしてさらなる挑戦を進めるための実践的なガイドとなるであろう。


Amazonページはこちら。Kindle版(リフロー形式)もあります。

原書はこちらです。


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