企業文化によってマネジメントする
新規事業提案制度をお手伝いしているときに常にでてくる話題が、企業文化である。保守的な企業文化をもっている企業が、いくらがんばっても、新規事業は成功しない。ひとつには、失敗のリスクを取って新規事業に取り組もうとする社員がでないことと、もうひとつには、重箱の隅をつつくようにして新規事業を潰されてしまうからだ。そのときにため息といっしょに呟かれるのが、「この企業文化をなんとかしないと」ということだ。
企業文化は案外、簡単に変わる。そのことは私たちも経験済みで、あれだけ長時間労働が当たり前だった産業も、法律が変わり、早く変えることが推奨されると、若者はさっさと帰るようになった。「変わらない」は嘘で、変えようとしていないが本当である。
この企業文化を変える一番のポイントは、人事評価制度である。失敗のリスクを取らないのは、失敗すると人事評価に響くからだ。失敗した人がどのように処遇されるのか、サラリーマンはよく見ている。また、つつがなく任期をまっとうする人が出世していくさまをみて、それを規範としようと考える。ここで評価制度を変えたら、チャレンジに加点し、失敗を評価し、優先的に次のチャンスを与えるようにしたら、空気は一変する。一度も失敗していない人は出世しないとわかれば、誰もが挑戦するようになる。単純化して話しているが、これはほんとうだ。
「あのJALだって変わった」という話をしてもいいのかもしれない。官僚的な組織であったJALが破綻をきっかけに大きく変わった一つの要因が、部門別採算制度だった。飛行機を飛ばす瞬間に、その便がどれくらいの収益をもたらすのか、瞬時に計算される。さらに、コストセンターとして位置づけられていたバックオフィスについて、協力対価を設定することですべてプロフィットセンターと位置づけた。利益はもちろん、評価に直結する。JALは変わった。
ここで、企業文化にもう一歩踏み込んで、「企業文化をマネジメントする」というところから「企業文化によってマネジメントする」という発想の転換を行おうというのが、今日から始まった「Building a Culture of Innovation」の授業である。これは、直接従業員に指示をして行動を変えさせるハードなマネジメントではなく、そうせざるを得ない環境を作ることで行動を促すソフトなマネジメント手法であり、これからのマネジメントが必ず考えなければならない要素であろう。
「新規事業を提案せよ、そして実行せよ」と言うのは簡単だ。重要なのは、そうせざるを得ないような環境整備、とくに企業文化の醸成に責任を追うことなのだ。
マイクロソフトCEOのナディラは、CEOのCはCultureであり、CEOの役割はその文化のキュレーター(Curator of Culture)だと言った。その言葉の意味を、深く噛み締めたい。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授