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音声という呪術的世界への回帰
大学時代、ひねくれ者の私は、第二外国語にスペイン語を選んだ。なんでもよかったのだが、人と変わったことをしたい年頃だったので、あえて一番人数の少ないスペイン語を選んだのだ。ところが、先生との折り合いが悪く、というか、ひとえに受講態度の悪かった私のせいなのだが、59点で落とされてしまった。わざわざ1点足りない点数で落としたのは、「お前には単位をやらない」というかなり明確なメッセージだった。
困った。スペイン語は受講生も少ないので、先生を選ぶことができない。同じ先生の授業を受けて単位を取れる雰囲気ではまったくなかった。それで仕方なくドイツ語に変えた。いわゆるドイ転である。
卒業もかかっているので、それなりに真面目には受講したのだが、リーディングで読まされたのが、マーシャル・マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』だ。日本語で出版されている本を、またわざわざなぜドイツ語で読む必要があるのか、なんて考えていた私は、本当に浅はかだった。非常勤講師としてドイツ語を教えに来ていた先生が優しかったことで、私は無事卒業できた。最終年度、卒業まで88単位ほど残っていたが、それを超える92単位を取得して、卒業式に滑り込んだ。
今日はその『グーテンベルクの銀河系』にまつわる話だ。すごいことが書いてあるという感触だけが手元に残っていたのだが、ふと、思い出した理由が、今日の授業の受講者の一人に、視覚障害者がいたことからだった。
『グーテンベルクの銀河系』は、活版印刷がもたらしたさまざまな社会的影響を論じている。たとえばそのひとつが、国語の成立だ。特定の民族語が大量印刷されることで統一された国語としての役割を果たし、そこに国民意識が誕生する。ひとつの技術革新が、世の中を変えていく様子を、『グーテンベルクの銀河系』は、当時の人々の体験したさまざまな感覚を、まるで当時を経験したかのように鮮やかに描き出していた。
そのなかに、印刷技術の発展により、聴覚から視覚優位へと移ったという議論が展開される。まず、表音文字の確立により、音を視覚へ還元できるようになった。それにより、音というダイナミックで呪術的な世界から、書き言葉の静的な世界へと移行し、さらに黙読によって、思っていることと違う行動ができるようになった。つまり、しれっと嘘がつけるようになったというのだ。「高度に発達した文字社会では、視覚的、もしくは行動上の社会規範への遵守が強調されるためにかえって心の内部での離反を自由にしている」というのである。考えていることが音として鳴り響く社会では、そうはいかない。
さらにマクルーハンは、電気技術によって音が遠隔に届けられるようになり、このような視覚優位の社会が崩れていくことを予見している。私たちは読み物ではなく、音によって情報をより多く得るようになっている。実は映像はそれほど重要ではない。アメリカ大統領選挙の結果を左右したのは、フェイクを真実のように語るトランプのあの声だった。兵庫県知事選挙で選挙結果を動かしているのは、YouTubeなどのインターネットで届けられる声だ。今また、アフリカ的呪術が、社会を動かしている。
視覚障害者が参加する授業においては、板書する書き言葉ではなく、それを改めて音声として学生に届けるように意識する。音声であることの意味。あのドイツ語の授業以来、すっかり記憶の奥底にしまっていた『グーテンベルクの銀河系』のページを静かに開いた(日本語版)。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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