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制作のための批評入門

京都芸術大学地域文化デザインの松井ゼミのお手伝いとして、後期も4回ほど授業を受け持つことになった。4回分のコンテンツを考えなければならないのだが、これがなかなかたいへんだ。ちなみに前期は以下の内容であった。

  1. 民藝の美を再発見する(河井寛次郎記念館)

  2. キュビズムを民藝的観点で見直す(京都市美術館「キュビズム展」)

後期は4回分あるので、前期よりもより一層計画的に進めていく必要がある。地域文化デザインは、地域文化を活用した地域活性化の実践がテーマになるので、地域文化の発見からその活用までカバーする必要がある。

今考えているのが、「制作のための批評入門」だ。明日で終わる東京都写真美術館での展示「見ることの重奏」でも取り上げられていたが、写真ひとつとっても、作家だけでなく、鑑賞者や批評家など、さまざまな視線にさらされる。地域での取り組みも、批評家の視線を折り込みながら取り組むことは、取り組みの奥行きを広げるうえでも重要となる。

批評というのは、特に二十世紀において大きく広がった分野だ。初期は伝記や作家論的なアプローチだったものが、作品論になり、ロラン・バルトの「作者の死」(1967年)以降は、作家が作品を作り、その作品を通じて作家の意図を分析する、という図式ではなく、作品に織り込まれたさまざまな文化的な影響を分析するようになる。そこでは、多様な読みが可能となる。

また、さまざまな理論に基づいた批評も花開いた。さきのロラン・バルトは構造主義に基づく物語分析を行ったし、ほかにもマルクス主義、フェミニズム、ポストコロニアルなど、イデオロギーによる角度のついた批評は、時代とともに古びたりもした。フロイトやラカンなどの心理学の知見に基づく批評では、作品を解剖して切り刻むようなものもあった。

さまざまな批評がある中で、今回はあくまで制作者、実践者のためになるような批評入門だ。変に理論から入ってしまうと、その理論に振り回されかねない。イデオロギーもそうだ。もちろんイデオロギーに基づく作品でもすばらしいものがあるが、これもまた、イデオロギーのために従属しかねない。

そんな中、たまたま手に取った批評入門が、いい感じだった。ノエル・キャロルの『批評について:芸術批評の哲学』だ。彼は、現在の批評理論の多くは解釈の理論である一方、彼は芸術的な価値づけを行うための批評を目指すのだと宣言する。

少し引用してみよう。

現代の解釈理論では一般に、目標とする〔作品の〕意味にたどりつくための王道的手法として、個別人称の伴わないプロセスや意図されないプロセス(sub-personal and sub-intentional processes)のはたらき──たとえば無意識や、生産力(4)や、言語作用そのもの、など──に焦点が当てられる。他方わたしは、芸術作品とは価値の創造者たる芸術家が意図的につくりだすものだ、という点を強調する。批評理論家の多くや批評の現場にいるその追随者たちは、人間以後の、さらには反人間主義的とすら言えるような批評(すなわち行為主体としての人に執着しない批評)に取り組んでいるが、それと比べると、わたしの批評についての考え方は、意図主義の立場から理解された芸術家の達成(achievement)を批評の最重要目標とするという点で、断固として人間的・人間主義的である。

ノエル・キャロル; 森功次. 批評について (pp.13-14). 勁草書房. Kindle 版.

この人間的・人間主義的批評は、おそらく制作者・実践者にとっても大いに役立つであろう。芸術家の達成を批評の最重要目標とするこの批評のアプローチは、まさに制作と実践の裏表の関係にあるからだ。

ということで、第一回はこのノエル・キャロルの本をベースに、「制作のための批評入門」を行おうと思っている。

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授

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